ふかく、慥かに君を想う。




彼女が学園一の才媛だと謳われるのは、
定期試験の結果だとか全国模試の順位だとか、そういった数値上のことではなく。
きゅっと引き締められた口角やきりりとした眉、きつくピンでとめられた前髪だとか。
彼女が纏うその凛とした雰囲気故だろう、といつもの図書室でいつものように彼女を観察しながら彼は思う。
「飽きないわね、あんたも」
「釈さんを見てて飽きるわけないじゃないか」
冷え冷えとした視線も何のその。
彼は今日もにこやかにストーキング中だ。
エスカレーター式の私立学園高等部に一般入試で飛び込んできた彼女が、テスト成績優秀者のランキングに名を連ねるずっと前、まだ桜の花が枝に残っていた頃から、彼は彼女のことを知っていた。

「あんた、じゃなくてあだ名で呼んでって言ってるのに」
「どうしてろくに知りもしない男をあだ名で呼ばなきゃならないのよ」
「知りもしないって、毎日顔合わせてるだろ」
「私は微塵も望んでないわ」

一目惚れだった。
舞い散る淡紅の中、長い黒髪を風に巻き上げられて眉をひそめた、その表情。
一般的な美しい姿ではなかったけれど。
気怠そうな視線に。
横顔のラインに。
髪を掻き上げる指の角度に。
その一瞬の彼女を形づくるすべてが、目に焼きついて離れなかった。


「釈さん」
「何よ、うるさいわね。私は勉強してるの」
「そう、それだよ。どうしてここで勉強するのさ」
「どうして、って。ここは学校の図書室よ?」
生徒が学習していて何が悪い。
さも不満そうに彼女は彼を睨んだ。
「だって釈さん、予備校通ってるじゃない」
「どこでそういう情報拾ってくるのよ」
「釈さんに関して、だからね」
「笑えば済むわけじゃないのよ。個人情報の侵害だわ」
「そう怒んないでよ。ほら、釈さんの予備校に通ってる奴が同じクラスにいるんだよ」
ただでさえツリ気味の眉がさらに急角度を描いたので、彼は慌ててネタばらしをした。

「ここなら調べものもできるし」
「でも釈さん、俺がいる時に一度も調べものしてたことないじゃないか?」

HR終わりにのほほんと彼が来るころには、彼女はもういつもの席に座っている。
長机の上にはいつだって参考書とノートが開かれているだけで。
分厚い辞書や資料集の類は、いまだ姿を見せていない。

「…何が言いたいのよ?」
「いや、別に。どうしてかなぁ、ってね」
本当は、彼女も自分のことを待っていてくれていると。
こうやって他愛もないやりとりをすることを、案外気に入っているのだと。
わかっていて訊くのは、意地悪だろうか。

「変な男ね。用がないなら帰ればいいのに」

そっけなく、いつものような口調でお決まりのセリフを吐いて。
何気ない風を装ってシャーペンを持ち直した、意地っ張りな想い人を見つめて、
彼はにまりと微笑んだ。


ゆるやかな午後の日差し。
グラウンドからは運動部員たちの元気なかけ声。
校舎の東棟、2階の隅。
他に生徒もいない図書室で、予期せぬセリフに彼が椅子から転げ落ちるまで、あと3秒。


「しょうがないじゃない。居心地がいいんだもの」








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