いけすかねェところだ。
そして、そこに群がる奴らも同様にいけすかない。



肩が凝ってしょうがないのは肩に力を入れて生きているからだということ




俺は詰所から出るなり、わざとらしくため息をついた。



ここは死神ギルド。

ギルド、とは本来同業者組合のことを指す言葉だが、死神なんてものに商業や市場経済は関わりが薄いので、この場合、中世ヨーロッパのそれとは少しばかり意味合いが違う。
世界中の死神を統括し、平等に仕事が行き渡るように…と言ってはいるが、それは建前だ。
絶えずこの世に現れる『死神』という存在の全てを把握することを幹部連中が望んでいる。
理由はひとつ。
未確認の死神が勝手な動きをしては、幹部たちの儲けが減るから。

この組織が腐敗していることはわかっているが、だからといって俺にどうにかできることではない。
俺が死神としてこの世に現れた段階で、すでにこの組織は成り立っていた。
要するに俺は、死神になったと同時にギルドの一員になったのであり、きっとこれからもそれは、ずっとそうなのだ。
それ自体を別に不幸だとは思わない。



大回廊を抜けてしばらく歩くと、打って変わってひっそりとした棟に出る。
この棟が、俺の主な職場だ。
ここはギルド本部の本棟からずいぶんと離れた位置にある。
辺鄙な場所に位置しているのは、一部の者がこの職を嫌っているからだとかいう話も聞くが。

まぁ、いい。
俺にとっては静かな方が楽でいい。


「おかえりなさい!シンさん!」
「シンさん、お疲れさまでした」
ドアを開けるとすぐに同僚たちに出迎えられた。

「お前ら、仕事しろ」
「してますよぉ」
「…どうだか」
こいつらと来たら、隙を見てをサボろうとしやがる。
いざとなればきちんと仕事をこなすのでクビにもできずに余計タチが悪い。


「シン、そんな冷たいこと言ってると部下に嫌われるよ?」
部屋の奥から笑いの混ざった声がした。
「来てたのか」
「運び屋の詰所に行く日だって聞いたからね。荒れる君を止めに来てあげたよ」
「はっ!遊撃のエースが何言ってんだ」

苦々しく言う俺の言葉などおかまいなしに笑うこいつは、へレスという。

死神の中でもエリート中のエリートしか入れない『遊撃』という部署に属している。
仕事自体は変わらないのに、その地位は『運び屋』なんかよりも格段に上だ。
血縁関係というものが存在しない死神の世界では実力がものを言う。
その中でも屈指の存在、と言えばこいつのすごさが伝わるだろうか。


「詰所でまたなんか言われたの?」
「別に。言われたというか…なんだ、睨まれた?」
「…自分のことなのに覚えてないんだね」
「ンなモンいつものことだろうが」
「まぁとにかく、ヌバタマの局長さんは今日もご機嫌斜めというわけですか」
「喧嘩売ってんのか?」

こいつはどうも、俺をからかって遊ぶ癖がある。


俺の仕事は、現世に伝わる伝承などを調べて地域ごとにまとめることだ。
死神の仕事は魂を天界まで運ぶこと。
己の力の大きさに仕事の成功がかかっている俺たちにとって、その土地本来の力というのは時として命取りになる。
だから前もってそういった力の存在を調べて、対策を練るのだ。
しかし、この仕事は一般の死神の業務とあまりにも異なるため、一部の連中…特に運び屋たちにとてつもない反感を買っている。

「シン達の仕事は僕らのためだっていうのにね」
「まァ、あいつらはそう思ってンだろうな」
机に向かって(一応は)真面目に作業中の同僚を指して言った。
「…君は?」
「誰のためでもねェよ」


烏羽玉、というのが俺の仕事の名前だ。
初めて聞いた時はさっぱり意味の分からない言葉だった。
それが日本の古い言葉で、黒に通じる意味を持つと知ったのはこの仕事を始めてしばらく後のことだ。
今ではその言葉はそのまま、俺の通り名(うまく発音できないらしく、カタカナ音だが)になりつつある。




「で、お前本当はなんで来たんだ?」
「だからシンの愚痴を聞きに…」
「あン?」
へレスの言葉をさえぎってひと睨みすると、ペロリと舌を出して降伏した。
最初からそうしろってンだ。

「いや、もうちょっと予算下りないか、経理にかけ合わなきゃいけなくってさ」
「俺に付き合えってか?」
「だってシン、経理の手伝いもしてるじゃない」
「してる、じゃねェ。させられてンだよ」

俺は運び屋達のような実戦組にはかなり嫌われているが、どうもお偉方には名前の覚えがめでたいらしい。
そのせいで事務方の仕事全般を押しつけられている俺としてはありがたくもない。

「しょうがねェ、後でたんまりなんかおごらせるからな」
「わぁっ!ありがとう!助かるよ」
仕事部屋でぐだぐだしているのは俺のポリシーに合わないので、今日のところは折れてやることにする。




「悪ィ、今度はこの馬鹿に付き合ってくるわ」
そう同僚達に言い置いて、先程入って来たばかりのドアを開けた。
「なんだかんだ言って優しいよね、シンは。だから女の子達にもてるんだよ」
「おい、俺は別に今から戻ってもかまわないンだぜ?」

別棟から経理の部署までの間も長い廊下で離されている。
とはいえこの場合は、経理部署が烏羽玉以上に実戦派のやつらに嫌われているからなんだが。
その理由が、自分達の思うように予算が下りないからだというんだから呆れてしまう。

「まぁた、そんなこと言って。僕の同僚もこないだ君のことかっこいいって言ってたよ」
「お前ンとこの血の気の多い女どもに好かれてもねェ」
「それ、外で言うとまた外回りのやつらに妬まれるよ」
こいつは、運び屋や遊撃のことを(自分もその一員であるくせに)外回り、と馬鹿にした風に言う。

「あいつらはいつだって君の力に嫉妬してるんだから」
「どうでもいいっつの、そんな話」
会うたびにこいつはそんなことばかり言ってくるから、いい加減疲れてしまう。


本当に、どうだっていいのだ。
この世界で、人の評判などほとんど意味を持たない。
力が全てだ。


「俺は俺なりに一人で悠々と生きるさ」
面倒くさくなっていつものように話題を切り上げる。
するとへレスもいつものように、淋しい生き方だねぇ、とつぶやいた。




「ところでお前、予算を何に使う気だ?」
「なんか最近、肩凝りがひどくって。現世で腕のいいマッサージ師に頼もうかと」


呆れた。
いつからこいつはこんな爺になりくさったのか。

今さら部屋に戻るには歩きすぎてしまった。
俺はあからさまにため息をつくと、ケッと意味もなく毒づいた。





地下数百メートル、俺にとって空は
今日も、遠い。







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