生きる 息づく 居場所を求め (1)




「もしもし、瑞穂さん?ったくもー、今あたし学校なんですけどっ」


明らかにどこかのテレビ番組の企画に影響を受けた担任の“今週の掃除当番はどの班でしょうダーツ”が、なんとも残念なことに我がB班を指名しやがった月曜日。
ついてないことにゴミ出しじゃんけんにまで負けてしまったあたしは、荒々しく携帯に出た。

『学校、ってなんで出たのよ?』
「かけてきたのはそっちでしょ?何か用ですか?」
『はーん、さてはまぁたゴミ出し負けたのね?私にあたってもダメよ』
「んなっ……よ、用事はっ!?」
『何、その間。…まぁいいわ。帰りに卵と天かす買ってきてくれない?』
「は?」
『今晩はお好み焼きパーティーにすることになったから、よろしく』
「…えっ、じゃあハヤテさん…」
『そ。帰って来るみたいよ。だから早くかえ…』

「速効で帰ります!」

ピッと通話を断ち切って、あたしはゴミ捨て場へと駆け出した。
なんだ。ハヤテさん今日帰って来るんだ。
こんなポリ袋さっさと放り投げて帰らなくちゃ。
あぁ、その前にスーパー寄らないと。


うちの学校は分別がうるさくて、ビンカンはもちろん、一見燃やせそうなものもきっちり可燃だ不燃だと分けて出す。 環境のためにはそれがいいんだろうし、やっぱ東京は進んでるなぁと思ったりもするけれど。 こういう急いでる時には煩わしくて。
「あー、もうっ!めんどくさい」
つい本音がもれる。

小分けにされた袋たちをそれぞれ別の収集場所へ放り込んで、
最後に一番大きな袋を反動つけて投げ飛ばそうとした、時。
ふとあたしの足元に落ちている黒い物が目に入った。
「んー?」
しゃがんで見て見れば、小さな鏡のようで。
コンパクトみたいなサイズのそれは、どうやら漆塗りみたいだ。
黒々と輝く姿はとても高校生の持ち物には見えなかったし、ましてやゴミ捨て場には不似合いだった。

(先生とかの落し物かな)
そう結論づけたあたしは、とりあえず目につくようにと近くの消火栓の上に置いた。
落し物は交番に、とかいうけど、落とした人だって心当たりのある場所を探したりするんだろうから、こうしておいた方がかえって親切なことだってある。
女子高生が「かわいいからもらっちゃおー」なんて持ってく物でもないしね。
事務室まで持ってく必要もないだろう。

ブブブ…

ポケットの中の携帯が短く震える。
メールを開くと、簡潔な1行。
『追加。山芋とおたふくソース。 瑞穂』
ソースがないのにお好み焼きを作ろうとしてたのか。
いまだ握りしめていた袋の結び目を思いっきり振りかぶってゴミ捨て場の扉の向こうに放り投げると、あたしは学生カバンを左肩にかけて校門へと急いだ。
こんなことしてる場合じゃなかったんだった!




斎藤 杏。16歳。
実家は寺で、かなり可愛いがられて育った自覚がある。
というのも父親が住職なんて職業柄、四六時中家にいて、
過保護だとか溺愛だとかいう檻の中に閉じ込められて暮らしてきたから。
どうしてもどうしてもどうしても!その環境から抜け出したくて、
ダメ元で受けた都内の有名進学校に合格したのが、去年の4月。
それでも最初の4ヶ月は自宅から片道2時間半かけて通わされたんだから、
父親の心配ぶりは推してしるべし。
とにかく、なんとか今のアパートに越して来れたのが去年の9月。
つまりは一人暮らし8ヶ月目というわけです。


アパート・トレジア。
というのが今のあたしの家。
父の知り合いが管理人をしているという理由で決まったわけだけど、
けっこう部屋はキレイだし、外装もオシャレでお気に入りだ。
201号室があたしの部屋。

101は吉村さんというおまわりさんで、
102は旦那さんが小説家の鴇田夫妻。
103は空き部屋で、
105は定年後の生活を満喫してる宇野山夫妻。
202はさっきも電話してきた瑞穂さんて女の人で、
203が空き部屋でしょ。
で、205が管理人さんの部屋。
みんなそれなりにクセのある人ばかりだけど、優しくてあったかい人柄は確か。



 *****



日も落ちて、ここはアパートの103号室。
契約者のいないはずのこの部屋は、なぜか住人たちの溜り場になっていたりする。
うん、共有リビング?



「ハヤテさん帰ってこないですねぇ…」
じゅうじゅうと音をたてるホットプレートを見つめてしょんぼりともらした。
かなり楽しみに帰ってきただけに、あたしのテンションはすこぶる低い。

「そんなあからさまに凹まないでよ」
「だってぇ瑞穂さんがー」
「美由紀さんが今日だって聞いたらしいのよ」
「ごめんねぇ、杏ちゃん。確かにハヤテさん、今日だって言ったんだけど」


ぶぅ、とむくれるあたしの横で申し訳なさそうにしているのは鴇田 美由紀さん。
カフェオレみたいな色の髪にふんわりパーマをかけた癒し系の美人さんだ。

「…美由紀さんが悪いわけじゃないし。ごめんなさい」
「アンタが謝ることもないけどね。ってかどうしよう。焼きすぎた?」
反面が焼けている2枚のお好み焼きを見て、瑞穂さんが肩をすくめた。
フルネームは結城 瑞穂。大学で非常勤講師をしている民俗学の学者さん。
けっこうずけずけ言うけど、かっこいいお姉さん的存在。
2人のオネエサマ方のことは大好きだけれども。相変わらずあたしのテンションは下がりっぱなしだ。


「どうしたんだろうね、ハヤテくんは」
「本当に。今回はユウくんも連れて行っているしねぇ」
ひと足先に晩酌を始めようとしている宇野山さんのグラスに、奥さんの芳子さんがビールを注ぐ。
本日のパーティーはどうやら5人の模様。
あとはソースを塗るだけのお好み焼きが恨めしい。



「瑞穂ちゃん、青のりとかつお節はどっちが先?」
「私はかつお節派だなぁー」
「なに言ってんの美由紀さん!絶対青のり!」

「もーどっちでもいいんで、芳子さん適当にかけちゃって下さい」
頬杖をつくあたしに、宇野山さんがジュースの入ったコップを回してくれた。
「心配なのはわかるけど、彼なら大丈夫だよ」
「…ですよね。わかってる、んですけど」

心配、といえば確かにそうだけど。
どちらかというと、彼が今この場にいないことが気にくわないというか。
我がトレジアの管理人さんは、ちょっと変わったお仕事をしていて。
少し、いやかなりの危険が伴う場合もあったりなかったり、な業務内容なので、
その生活時間はおそろしいまでに不規則だ。
そんなのはまぁ、あたしが来る以前からなのだし、こんなこと言えた義理じゃないんだけど。
なんとなく、ひとりぼっちにされてしまったようなら感覚。



「杏ー、アンタひとりで半分食べられる?」
「え?」
どかんと目の前の皿に置かれたのは半月型の巨大なデンプンとキャベツのかたまり。
てらてらと輝くソースに踊るかつお節がおいしそうではあるけれど。

「むっ無理に決まってるでしょ!何考えてんですかっ!?」
「頑張ってよ。若いんだから」
「なんでこんな大っきいの焼いたんですか!瑞穂さん!」
「えー、ハヤテとユウがいるならこれくらい必要でしょ」
「そりゃあの2人は大食漢ですけど!様子みて焼いて下さいよーっ」

見ればみんなの皿にも巨大お好み焼きが。ただ大きさはあたしの半分だったけど。
(うわぁぁんっ、太るよーっ)
助けを求めようと唯一の男性である宇野山さんを仰ぎ見ると、
彼の皿にもあたしと同じ大きさが控えていて、断固拒否、の文字が柔和なおじさんの顔に浮かんでいた。


「くっ…ユウーっ!大食いのユーウーっ!!」

「呼ばれて飛び出てジャジャジャーンっ」
腹いせに叫んだあたしに応えるかのようにポンッとあたしの前に現れた男の子。
時代遅れのセリフと共に飛び込んできた彼は、
あたしたちに向かってくるりととんぼ返りをして、次の瞬間にはイタチに姿を変えていた。

「帰ってきたぜっ、杏!」
「ユウ!?」
突然の来訪者、というよりは帰宅者に一同呆然。
そして、視線は自然とドアに向かう。

ガチャ…

「全く、どんだけ腹減ってんだよ、ユウ。…あ、みんなただいまー」
ドアを開け、やあっとにこやかに片手を上げる男が1人。


「ハヤテ「さん」「くん」っ!!」



あたしたちの驚きとか心配とか一切なかったことにするような明るい笑顔のその人は、
逸出 雅彬。通称ハヤテ。このアパートの管理人。
「お、おかえりなさい!」

「ただいま。…ところで杏ちゃん、今度は何連れてきたの?」


ついでに言うなら、あたしの好きな人。





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