生きる 息づく 居場所を求め (2)
駅から徒歩7分。日当たり良好。近くにコンビニも大型ショッピングセンターもある。
我ながら、住まいとしてはもってこいの立地条件だと思うけれど、いかんせん家賃が低い。
安いなら希望者が跡を絶たないだろう、って?
それがね、好条件でここまで安いとなると、人というのは疑り深くなるらしい。
曰く、「あの物件には何か、ある」。
それを言われると、何とも返答のしようがない自分が情けなくもあるんだが、
実際問題“そーいうこと”なのでどうしようもない。
「で、今回はどんな仕事だったの?」
103号室でみんなに挨拶をした後、自分の部屋で着替えをして、再びお好み焼きパーティーの席に戻った。
ラフなTシャツ姿になった俺は、16歳の少女と68歳の男性からの感謝と安堵の混ざった視線を一身に受けて、巨大なお好み焼きを食べている。
そんな俺にビールを注ぎつつ、瑞穂が楽しそうに前髪を掻き上げた。
「ユウも連れてくなんて、よっぽど大事件?」
「いーや、狐と狸の化かし合いの仲裁してきただけ」
「オレはちょっと見学しに付いて行っただけー」
俺のよりもさらに多くお好み焼きをもらったユウがうれしそうに言う。
「なんの見学?調伏はしなかったんでしょ?」
「なにって、変化の術だよ!決まってんだろ!」
「ああ、イタチも人を化かすもんね」
「人聞き悪ぃこと言うんじゃねーっ!」
「じゃあ、例を挙げましょうか?そうね…江戸時代に描かれた書物に…」
さすがは若くして教壇に立つ身というか、彼女は様々な史料から事例を引っ張り出して、盛大にユウをからかっている。なんともまあ、凛々しいお姿ですこと。
このアパートではこんな会話が日常茶飯事だが、
それが世間の常識から大きく逸脱していることは俺だって理解している。
でもまぁ、いつからともなく、というより、なるべくしてこうなった感があまりに強いので、とうに諦めた。
ここトレジアには、妖怪が出る。
あぁでも、「出る」という表現は少し違うか。
妖怪たちはごく普通に、ここの住人たちと同じ空間に、「いる」のだから。
俺のペットというか相棒のユウもそのひとり。奴はイタチだが、喋るは化けるは、普通じゃない。
人間にとっては望まないことなんだろうし、回避したがる人もいて、またそれが普通だとも思う。
…んだけど、どこでどう聞き付けるのか、ここには妖怪を恐れないどころか、むしろ楽しむような連中が集っている。瑞穂なんてその典型だ。
中には怪異なんて全く望んでなかった青年もいるが、今では彼も彼なりに楽しくやっているようで。
「じゃあハヤテさん、特にケガとかなかったんですね?」
ビール片手に、イタチと民俗学者の攻防戦を観戦していた俺に、控え目に声がかかる。
「帰り遅いし、心配しましたよ?」
「ダイジョーブ。この通り俺は無事だよ」
長い黒髪に、華奢な身体。上目づかいを上手に使いこなす、友人からのこの小さな預かり物も、入居理由は妖怪目当てじゃなかったクチだ。
「ユウがお狐さんと親しくなっちゃってさ。ようやく引き剥がしたら、こんな時間」
「狸さんとは仲良くならなかったんですか?」
「なんか引き分け判定下したら、早々に山に帰ってったよ。次の勝負の準備だとかなんとか」
「じゃあまたケンカするんじゃないですかー?」
そう言って彼女はくすくすと笑った。
心配かけてごめんね、と頭を撫でてやると、うれしそうに擦り寄ってくる。
その仕草とか、細められた目元とかに、かなりグッとキてる俺だけど、それはちょっと別の話。
「でも珍しいですね。ハヤテさんがケンカの仲裁なんて」
「んー、依頼されちゃったからねぇ」
「どこから?」
「遊園地のお化け屋敷。なんかね、彼ら勝負をそこでやってたらしくてさ。
いるはずのないお化けが日を追うごとに増えてったんだって。
で、リピーターの客から問い合わせが殺到して、一時パニックになったみたいなんだよね」
「うーわー、迷惑な。そもそも原因はなんだったんです?」
「彼らにとっては昔からずっとやってる化かし比べなんだよ。ほら、スキンシップみたいな?」
「へぇ」
「うん、まぁ俺も、とりあえず今回は引き分けってことにしましょうって提案しただけなんだけど」
「え、じゃあハヤテさん、今回は無償だったんですか?」
「え?なんで?だってお化け屋敷の怪異はなくなったわけだし」
もちろん礼金はたんまりと頂きましたとも。
悪どーいっ!、という杏ちゃんの声はスルーしますよ。えぇ、断固スルーです。
俺の仕事は、こんな風にちょいちょい起こる妖怪がらみの怪異事件を解決すること。
人呼んで、妖怪アドバイザー。
やってる内容は探偵に近いんだが、“妖怪”という相手の性格上、調伏師といわれることもある。
俺、調伏嫌いだからめったにやらないけど。
依頼があれば遠方へも赴くから、ごく稀に今回みたいに何日か留守にしたりする。
(ただ今回に限っては、友人に会うために愛媛に1泊したのが原因)
「…で、杏ちゃん。さっきの話だけど」
おいしそうにお好み焼きを頬張る彼女に改めて声をかける。
妖怪アドバイザーとして、さっきからずっと気になっていることがあった。
「ソレ、どうしたの?」
「ん?」
杏ちゃんの背後に浮かぶ、どんよりとした影。
部屋に入った時にからもう彼女の後ろに張り付いていたというのに、本人も周りもまるで気付いていない。
試しに全員に聞いてみても、誰にも見えていないようだ。
(おい、ユウ…お前は気付けよ)
ふがいない相棒をひと睨みして、俺はため息まじりに言った。
「杏ちゃん、今度は影しょってるよ?」
「えぇぇぇっ!?うそっ」
「またぁっ!?」
当の本人よりも遥かに色めき立つ5人。
何度目だよ、とつぶやくユウに、杏ちゃんは呆然としている。
ユウの言葉通り、どうもこの子は妖怪に遭いやすい体質らしい。
彼女にこうした怪異が降りかかるのは、確かこれで4度目だ。
妖怪に襲われかけるとか、危害を加えられたものだけでこの回数。
映画館で隣に河童だの吸血鬼だのが座っていた、なんていうびっくりハプニング系を合わせれば、とてつもない数に上る。
「なんか学校で変わったことなかった?」
「別に…」
「んじゃ、なんか変な物は拾わなかった?」
「拾いませんよぉ」
あたしをなんだと思ってるんですか、とむくれるけど、
猫股だってことに気かずに「かわいー猫ですねぇ」とか言って撫でていた、なんてこともあったから、いまいち説得力がない。
「…あ、でも…なんか、小っちゃな鏡なら見ましたけど」
「鏡?」
なんでまたそんな、いかにもなアイテムを。
「それ拾ったの?」
「まさか!落し物だろうから、見やすい位置に置いておきました!」
「いやぁ、どうせ杏、こっそり持ち帰ってきたんだろ?」
「んなわけないじゃん!」
「じゃあなんで学校とかに届けなかったんだよ」
「だって急いでたんだもん!もうっ!ユウは黙っててよーっ!」
半泣きで怒鳴る彼女のために、うるさいイタチを一発殴ってやった。
それにしても。
参ったな、原因は十中八九その鏡だろう。
「それって学校での話だよね?」
「はい」
「あー、杏ちゃんさ、制服は自分の家に持ってっちゃった?」
「え?ううん、そっちに掛けてありますけど…」
「ちょっと持ってきていい?」
「いいですけど…?」
きょとんとする彼女に断りを入れて、壁に掛ったハンガーごと、みんなの前に持ってきた。
女子高生のナマ制服によろこんでるわけでは、もちろんない。
「ハヤテさん?」
「ん。杏ちゃん、悪いんだけどこれのポケット確認してみてくれる?」
「……ハヤテさんまで疑ってるんですかぁ?」
(そんな泣きそうな顔しないでよ)
捨てられた仔犬のような彼女の頭に手を置いて、ハンガーを持つ方の肩をすくめてみせる。
「俺が女子高生のポケットさばくるのは、さすがにちょっと変態チックでしょ?」
茶化す俺に、むーっと唸りながら、杏ちゃんは自分の制服を受け取った。
何も入ってませんよ、とぶつぶつ言いながら動いていた手が、ふと止まる。
「あれ?」
小さくつぶやくと、見る間に彼女の顔から血の気が引いた。
「は…やて、さん…」
震える手が、ポケットから持ち上げた物は、黒い小さな手鏡。
全体が漆塗りで、鏡の部分を覆う蓋には、螺鈿で梅の花が描かれている。
「あたし…」
「やっぱ持ってきてんじゃねぇか!」
「黙れ、ユウ。…杏ちゃん、これちゃんと置いてきたんでしょ?」
「は…い。…なんでぇ…?」
気味悪そうに彼女がテーブルに鏡を置くと、照明をうけて螺鈿細工がキラキラしている。
それ以外の部分は漆のツヤも落ち着いていて、相当な年代物だろうと推測できた。
「付いて来ちゃったんだと思うよ、杏ちゃんに」
「えぇー」
「うーん、ちょっと俺が調べていい?」
「あ、どうぞどうぞ!」
俺の言葉に、彼女は一も二もなくうなずいた。
他のみんなはテーブルの向こうから様子を伺っている。
「古い鏡ってだけに見えるけど……ってぇ!」
バチッ
手を触れようとしたとたん、鏡をとりまく空気が張り詰めて、俺の指先を弾いた。
「ハヤテさん!?」
「なんか…結界?」
「でもあたしは普通に触れたのに…っ」
「あー、まぁ、俺だからじゃない?」
焦る彼女の言葉をかわして、俺はこっそりとため息をついた。
(呪い…か)
決して強力なものじゃない。素人のものだとわかるつたない手法。
まじないでも、これは一般に“おまじない”ともてはやされる部類のもの。
小さく口の中で真言を唱えてから、パチンと指を鳴らす。
その後で改めて触れてみると、今度はすんなりと持つことができた。
「なんなんですか?その鏡」
蓋を開ける俺の手を、杏ちゃんは不安そうに見つめていて。
安心させるために笑顔を見せると、彼女は困ったように眉根を寄せた。
「なんか…おまじないに使ったっぽいんだよね」
鏡面には何かを貼り付けたような跡がある。
さらによく見れば、暗い影がちらついていたりして。
どこをどう見ても、曰く付きの、あやしーい鏡。
本日何度目かのため息が出る。
こりゃ、帰って来るなりひと仕事かな。
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