生きる 息づく 居場所を求め (3)
「ハヤテさん…もしかしてその鏡の持ち主、わかったんですか?」
「ん。たぶん」
「えっ!誰なんですか!?」
「まあまあ、確認したいこともあるから、ね」
そんな会話が私の前で繰り広げられていた。
怪しげな鏡についてあらかた説明し終えると、ハヤテはおもむろに立ち上がる。
「杏ちゃんさ、クラスの連絡網を貸してもらえる?」
俺ちょっと出かけるから、と準備を始めた彼を、杏はきょとんと見つめ返す。
「…ハヤテ…今時ないわよ、連絡網なんて」
ばっかねぇ。
思わず私はそう口をはさんでいた。
個人情報の取り扱いがうるさくなってきたせいか、近頃の教育現場からはその姿は消え去っている。
だいたい携帯メールがあるんだから、わざわざ連絡網なんて使用しないのだ。
ハヤテの視線が痛い。
(そんな恨めしそうに睨まれても)
あれでけっこう、年齢のことは気にしているらしい。
「…じゃあ、クラス写真はある?……あ…それも今は撮らないの?」
「いえっ、あ、あります!ありますよっ」
あからさまに気落ちしたハヤテに、杏が気を揉んだ。
「あの、クラスの子の名前とかならわかりますけど…」
「そう?じゃあ名前順に杏ちゃんの前後10人くらい書き出して」
「はい」
ばたばたと用意する2人を、なんとはなしに眺めていた。
「んじゃあ、ハヤテさんはひとっ飛びしてきますよ」
みんなはお好み焼きパーティー続けてて、と軽やかにドアへ向かって。
心配そうに駆け寄った杏の頭を撫でるのが見えた。
「瑞穂テメー覚えてろよ」
極上の笑みを浮かべていたその唇で、私に向かってそう毒づくと、颯爽と奴は出かけていった。
言葉の意味を思い知るのは、その2日後のこと。
*****
放課後の正門前。
わらわらと下校する高校生たちを眺めて盛大なため息をついた。
にこにこと連れ立っていく少女たちは、カラオケだとかファーストフード店だとかに直行して友情を深めるんだろう。
さっき私の横をすり抜けていった自転車の少年の後ろではカノジョらしき少女が嬉しそうに微笑んでいた。
青春謳歌、という言葉を具現化したような光景が広がっている。
27歳。独身。
別に現状を悲観しているわけじゃないけれど、これはちょっと拷問だ。
事の発端は、やはり私の問題発言だった。
年下の思い人とのジェネレーション・ギャップを突っ込まれたあのロリコン馬鹿眼鏡は、例の鏡の件を解決するために私を巻き込んできやがった。
(ふざけてる…)
どこまでもふざけた奴だ。
いくら私だって、そんな底無しに図々しいわけじゃない。
ブブブ…
グレーの地に黒のピンストライプのスーツのポケットで、携帯がメールの着信を告げる。
『さっき教室を出ました!もうすぐ出てくるはずです!』
文面を見て、私は再び息をついた。
染めているのか微妙なところ、といった栗色の髪。
校舎から出てきた制服姿の女の子を確認する。
持ってきた写真と顔を見比べて…うん、この子。
私は覚悟を決めるとその子の元へと近づいた。
「あなたが近藤さん?」
「…え?」
急に声をかけられた少女は一瞬びくりとして、すぐに不審そうに目をすがめた。
「いきなりごめんなさいね、私は結城瑞穂。ちょっとお話があるの、いいかしら?」
「な…んであたしの名前…っ、あの、あたし急いでるんで!」
一刻も早くここから立ち去りたい、という表情の彼女に、冷たい笑みを浮かべる。
あぁ、私けっこう女優いけるかも。
「すぐに済む話よ。そう…あなたが捨てた、鏡のハナシ」
私の言葉を聞いた近藤さんは、愕然とその場に立ち尽くしていた。
中肉中背、標準的な顔立ち。くっきりと巻かれた髪は人気モデルをイメージしているんだろうけど、残念ながら特に似合ってるわけでもない。
“ごく普通”という言葉がぴたりとくる。そんな印象の少女だった。
「なんなんですか、一体?」
見ず知らずの、それもこんな得体の知れない女に敬語使う必要もないと思うけど。
それなりにしつけは受けているのか。
というか、さすがはこんな進学校に通うだけあって、底抜けの馬鹿ギャルではないらしい。
下手にタメ語で嘲って、相手を刺激したりしないほうが、スムーズに事を運べるということが理解できているようだった。
相変わらず不審者を見る目つきではあったけれど、どうやら話を聞く気にはなったみたいだ。
彼女は私を軽く睨みながら言った。
「どうしてあたしの事を?」
「えぇ、その前に。…これが、その鏡ね。」
ご丁寧に透明のビニール袋に入れられたそれは、さながらサスペンスドラマの証拠物件。
バッグから取り出し、白い手袋をはめておもむろに鏡を彼女に見せると、気味悪そうに眉をしかめられた。
(そりゃ、捨てたものがこんな形で戻ってきたら怖いよねぇ)
さすがに同情するけど、これも仕事だ。
あの馬鹿男の命を全うしなきゃ、私の身の方が危うい。
「これね、とても貴重な文化財なのよ」
「この汚い鏡が?」
「えぇ、そう。私これでも学者でね、こういった呪物の研究しているのよ」
「…じゅぶつ?」
「そう…おまじないに使った道具のこと」
あなたもこれに念を送ったんでしょう?
自分でも質が悪いと自覚している笑顔でそう言えば、近藤さんはくしゃりと顔を歪めた。
彼女にとって私は、なぜか事情を把握している恐怖の存在でしかないんだろう。
自分の行いを赤の他人が言い当てるなんて、そうそうない体験だ。
まったく。流行のスピリチュアル・カウンセラーか、私は。
「あたしのものだなんて証拠は…!」
「私ね、見えるのよ」
「なに…が」
「…あなたが願をかける姿。あなた、これに念をこめておいて、途中で飽きて放り出したでしょう? それも、捨てたのは…学校のゴミ捨て場?…祟るわよ、こういうモノは」
「た、たる…んですか…」
「当たり前じゃない。人の思いを叶えようとしてくれた道具、粗末にしてたら恨むわよ」
「…あの…どんな…?」
「祟りがあるのか、って?そうね、それは…あなた自身で想像がつくんじゃなくて?」
祟りの影響なんて、そんなことはわからない。私はしがない学者なんだから。
だいたい、事の全貌を把握してるのは、私じゃない。
「いろんな事象が考え得るわ。あなた本人に災いが及ぶ場合、おまじないの標的に及ぶ場合… あぁ、暴走して無差別に被害が及ぶかもね」
「それって、あたしの責任になるんですか…?」
「法的にはあなたの責任じゃないわ、もちろん」
「……」
「でも、間違いなく元凶は、あなた」
「ど、どうしろって言うんですか…」
「私に、譲ってもらえないかしら?」
開き直って胡散臭い演技をした私に、彼女はすっかり怯えてしまったようだった。
それまでの雰囲気を壊すかのようにカラリ、と笑う。
さぁ、もうひと頑張りだ。
「大丈夫、私が祓ってあげるから。私としてはこれを美術品として研究したいだけなのよ」
謝礼なら払うわよ?
そう言うと、彼女はぶんぶんと首を振った。
怪しすぎる謎の女からさっさと逃げ去りたいのがみえみえだ。
「い、いりません!」
「そう?」
「いいから早く持ってってください!そんな鏡あげますから!」
まいどあり。にやりとひそかにほくそ笑む。
「そう…じゃあ、きちんと言っていただけるかしら。『結城瑞穂に譲渡する』って。 あと、この証文にも記名してちょうだい」
「そんなことまでするんですか?」
「えぇ、後々問題になるのは嫌だから」
それを聞いて、彼女の瞳に迷いが浮かぶ。
価値がありそうな鏡を無償で手放すのが惜しくなったかな?
「せっかく祓った呪いが、あなたに返ってきたら嫌でしょう?」
さぁっっと少女の血の気が引いた。
(私やっぱり演技うまいわ…)
*****
『任務完了。 瑞穂』
びくびくしている近藤さんに別れを告げて、私は2人に同時送信した。
1人はこんな指令を下したハヤテだ。
この後の近藤さんに対するフォロー(呪いだなんだと言われたら、やっぱり夢見悪いもんねぇ)は、奴がしっかりしてくれることになっている。
もちろん、さっき私が言ったことは全部でたらめ。
セリフは全部ハヤテが用意して、私はただ、それを堂々と並べただけ。
ただまぁ、祟るとか物に心が…なんてくだりは私のオリジナルだったけど。別にふだん思ってることだし、彼女もおとなしく従ったんだからいいよね。
要するに、汚れ役をやらされたわけだ。
その間に自分は他を調査するから、なんて言っていたけど当てにはならない。
あんな男の何がいいのかしらねぇ、ホント。
もう一通は、この件の当事者というか被害者の杏に届いている。
まさかこの歳になって高校生を脅す羽目になろうとは思わなかった。
はじめ私はハヤテの作戦をとことん拒否していたんだけど、「かわいい妹分のために」という言葉に負けて、了承してしまったんだ。
だって仕方ないじゃない。
あの子はトレジアのお姫サマなのよ。
あのまま無視してたら、他の住人に総スカンされそうだったんだから。
口は災いの元――私のためのようなことわざだわ。
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