生きる 息づく 居場所を求め (4)




東京は星が少ない。
地方だってビルが増えて、そうそう満天の星が望めるわけではないけど。
それでもやっぱりこの街は、空がぼんやりくすんでいる。

「いいモノを見せてあげるよ」
そうハヤテさんに連れて来られたのは近所の公園。 アパートから数百メートルのこの公園は、昼間は子供たちの声で溢れる、小さいながらも住民の憩いの場。
しかしそれもこんな夜更けでは雰囲気がまるで違う。
都心じゃないからこうこうとライトが照らしてるわけではないし、それなりに大きな木が植えられてたりして、そうとう不気味だ。
「…ハヤテさん」
「んー?どした、怖い?」
「や、そういうんじゃないですけど…」
嘘。怖い。
めちゃくちゃ怖い。
「ふぅん?」
だって公衆トイレの前のライトだけがやけに明るいんだもん。
それになんか、ブランコに座ってる人影らしきものが…。
(ぎゃーっっ!!)

「あーのねぇ、杏ちゃん。怖いならそう言いなさい」
「……はい…」
恐れおののいて駆け寄ったあたしの手を引いてくれる。
その優しさも、なんでもお見通しの瞳も、大好きだけど。
あまりにも当然みたいにつながれた手が、子供扱いされてるみたいで少し悔しい。
「もっと頼ってね?俺のこと」
ほら、大人のヨユー。



「おっそーいっ!!あんたたち、何いちゃついてんの」

突然の大声に体がびくぅっとなる。
見れば先程のブランコから、人がこっちに向かって走って来る。
「うわぁっ……って、え!?瑞穂さん!?」
「え、じゃないわよ!どんだけ待たすの!」
こんなとこに女を1人で放っておくなんて、どうかしてる。ありえない。
と、怒りも露に詰め寄ったのは、どう見てもあたしのお向かいさんだった。

「人が暗い中を待ってたっていうのに、あんたは杏と手ぇつないでニヤニヤしてたのね?
 このエロメガネオヤジ!!」
「オヤジって言うな!俺のどこがジジ臭いんだ!?」
「まずエロを否定しろ、エロを!」
いくら公園だとは言っても、周りは住宅地なわけで。
この人たちの大声はきっと届いているはずで…。
何よりその、内容のくだらなさに、頭が痛い。
穴があったら、当人たちより先にあたしが入ってしまいたい。


「あの、瑞穂さんはどうしてここに?」
とりあえず収拾つけないと本格的に近所迷惑なので、あたしはおずおずと声をかけた。
「なに、杏、知らないで来たの?」
言わなかったのこの馬鹿は、と瑞穂さんは顎をしゃくる。
どこまで仲悪いんだろ、この2人。
「はい、具体的には、何も」
「ハヤテ、あんた何考えてんのよ」
「いーの、今から説明すんだから」
冷たい視線もなんのその。ハヤテさんは飄々としている。
準備はすんでる?と瑞穂さんに確認して、彼女からの返事に満足そうに微笑んだ。

「んじゃ、杏ちゃん」
そう言ってハヤテさんは、瑞穂さんとの口論の間も実はずっとつながれていた手をほどいて、
公園の真ん中へと進んで行った。
あたしは手のぬくもりが離れたことをすごく残念に思いながらも、それについて行くしかない。
「今からここで、例の鏡の件を解決しよう」
「え?」
「瑞穂に準備もさせたことだし、今日でこの件は一件落着」
「…それが、“いいモノ”?」
「そ。きっとすごーく“いいモノ”だよ」


さっきから2人が言う“準備”は、公園の中心で、地面に円を描くことだったらしい。
確かに地面にはごりごりと木が何かで刻んだ線がある。
直径はたぶん、1.5mくらい。
その線上に、ハヤテさんが何事か唱えながらお札を置いていく。
「なに、呪符まで使うの?」
「まぁ、念のためにね」
「ちゃんと張ってよ?」

「…え?これ結界なんですか?」
いまいち状況がわからないあたしに、うんそーだよー、なんて軽い言葉が返ってくる。
「中から出てこられないようにね。だから杏ちゃん、入っちゃダメだよー?」
「えぇぇ!?」
あたしの足、線ギリギリのとこにあったんですけど!
ずさっ、と慌てて飛び退くと、大人2人はひどく楽しそうに笑いだす。
「あはは!杏、大丈夫よ。対人間用じゃないから」
からかわれた。
(しかも人間用じゃないなら…ナニ用っ!?)
なんとなく嫌な予感がするあたしをよそにハヤテさんが片手を上げて、それを合図に瑞穂さんはバッグから“ソレ”を取り出した。

「さあ、始めよう」



闇の中で黒々とつやめく物は、やはり例の鏡だった。
螺鈿細工の部分が、きらりと光ってなおのこと怪しい。
「じゃ、瑞穂。『おまじないなんてやめた』って言ってから、その鏡をこのサークルの中に放って」
「了解、……こんなおまじない、もうやーめたっ!」
――カツンッ

ぽい、と放られた手鏡は、キレイな孤を描いて円の中央に落ちた。
さらにその中に、ハヤテさんは人の形に切られた紙を投入する。
「何入れたの?」
「何って、お前の人形(ひとがた)
「ひとがた?なんで私のなのよ?」
「まぁ見てろって」
そう言うけど、放り投げられた鏡も人形も、特に変化はない。

「瑞穂さん、どういう段取りなのか知らないんですか?」
「段取りもなにも、私はハヤテに言われた通りにやってるだけよ」
こいつが事前にまともな説明したことあった?
瑞穂さんが肩をすくめた、その時。

ふしゅぅぅ…

ガスが漏れるような音がして、鏡から黒いものが出てきた。
そしてそのモヤのような影は、まっすぐに紙人形に向かっていく。
「うわっ、何か出たっ」
影から逃げようと人形はひらひら舞うけれど、ある程度動くと行き止まりにぶつかったように止まってしまう。
ぱたぱた、と地面の上を跳ねる紙の音がしばらく続いた。

「ハヤテ!あんたこれ…この結界!“私”を逃がさないためだったの!?」
「そうそう。あーさすが瑞穂の写し身、往生際が悪いなぁ」
「勝手に往生させるなっ!………こんの、鬼畜!説明しなさい!!」
瑞穂さんの怒号の後、ハヤテさんが話したのはこんな内容だった。


この鏡は、中途半端な呪いがかかっているせいで、呪力が暴走しつつある。
それを察したハヤテさんは、おまじないをかけた本人から、瑞穂さんに鏡が譲渡されるようにした。
うちのクラスのそんなに仲も良くない近藤さんの下校を知らせろ、なんていきなり言われて驚いたけど、そういうことだったらしい。
部外者立ち入り禁止とか、最近やたらとうるさいのに、瑞穂さんはどうやって入手したんだろ?
『任務完了』ってメールはもらったけど、あたしには詳しい作戦は教えられてなかったしなぁ。
まぁとにかく。近藤さんから言質をとって、さらに署名までしてもらった今、コレは瑞穂さんの物で。
で、その瑞穂さんが「おまじないはやめた」って宣言した。

(まじな)いはね、第三者に破られて失敗したり、途中で放棄したりすると、
 呪者の元に災いが返ってくるんだよ」

コワイねー、なんてハヤテさんは笑う。
呪詛返し、というらしい。
たとえば、人を殺そうなんて呪いをかけて失敗したら、返ってきた呪いは呪者を死に追いやる。それもかなり苦しむ方法で。
「人を呪わば穴ふたつ、ですか?」
「ちょっと違うんじゃない?」
「んー、でも、軽い気持で呪いに関わるな、って点では一緒だ」
コワイんだよ、とやっぱり彼は笑って言った。


「それにしても、恋のおまじない、なんてかわいいもんじゃなかったのね」
「いや、恋のおまじないだよ」
「え?でもこんなドス黒い念よ?高校生でしょ?」
瑞穂さんの口ぶりは、女子高生の恋愛は大人のそれとは違う、って感じで。
それはなんかちょっと、反発したいところなんだけど。

「“好きな人と両思いになりたい”とかですか? 」
「ん。…ただちょっと続きがある」
「つづき?」

「“だからあのコを消して”」

ひゅう、と夜風が頬を撫でる。
クラスメートがかけたのは、ライバルを消し去るおまじないだった。
「そんな…ひどい…」
「もちろん、殺してしまおうなんて願ったわけじゃない。ちょっと、訳があるんだ」
衝撃を受けるあたしの頭を軽く叩いて、ハヤテさんは苦笑した。
と、その横で瑞穂さんはわなわなと肩を震わせている。

「ハぁーヤぁーテぇーーっっ!!あんたねぇ!それって失敗したら私が危ないってことじゃない!」
「そんなことなかったろ?」
「結果的にはね!?だったら杏にやらせたら良かったでしょ!」
確かにそうだ。
もともと鏡に狙われてたのはあたしだし、近藤さんとも同じクラスなんだから、いろいろスムーズに事を運べただろう。
「お前の方がそういうのやり慣れてるだろ」
「そんなわけないでしょ!単に杏に危ないことさせたくなかっただけでしょ!?」
詰め寄る瑞穂さんに、彼はあえて何も言わない。
無言は肯定、なのかな。
(だったらうれしいけど…)
「ごめん、瑞穂さん」
「杏は謝らないで!さらに空しくなるから!」br> ううぅ。ごめんなさい、瑞穂さん…!


「いくら人間じゃないからって、こっち来て長いんだからもうちょっと私たちをいたわりなさいよ!」
「いたわってるだろ、十分」

「杏は、でしょ!こっの天狗野郎っ」

今夜の瑞穂さんはいつになくヒステリックだ。
いや、気持はわかるよ。わかりますとも。

「おいおい、天狗ってのは悪口にならないだろ」
そんな彼女をものともしないで、ハヤテさんは笑っている。
天狗、と言ったのは言葉のあやじゃない。
風が前髪を吹き上げていくと、眼鏡の奥でビー玉みたいに澄んだ瞳が、柔かな銀色に光った。
ぱっと見、インテリ紳士。
でも案外ズボラで、実はエロオヤジ。
そしてその実態は、齢370の烏天狗サマ。
それが、逸出雅彬。我がトレジアの管理人さんだ。



「悪かったって、瑞穂。でもこうしなきゃいけなかったんだ」
「なんでよ?」
「言ったろ、訳があるんだ」
結界の中を見ろ、と言うから、あたしたちは再びその円形に目を戻した。
じわじわと紙人形(というか瑞穂さんの身代わり)を追い詰めていた黒い影は、いつの間にかしっかりと標的に絡みついていた。
くしゃり
人形は感想したイヤな音をたてて身を軋ませる。
「うーわぁー…」
思いっきり眉根を寄せて、瑞穂さんがため息みたいに低く呻いた。
それがそのまま断末魔であったかのように、紙人形はパタリと地面に倒れてしまったのだ。
「よし、これで大丈夫」
「…どこが大丈夫よ」
にん、と笑ったハヤテさんに対して、もう怒る気にもならないのか、瑞穂さんは悲しげに自分の身代わりを見つめていた。


「さぁて!ここからが本番だ」





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