生きる 息づく 居場所を求め (5)
本番だ、と彼は楽しそうに言ったけど。
あたしたちとしてはもう、これまでの現象で十分お腹いっぱいで。
「何ですか、本番って?」
「ほら、“いいモノ”」
「え?」
ちょっと珍しいケースだったんだよ、と前置きして。
「杏ちゃんのクラスの、近藤さんだっけ?彼女がこの鏡に『ライバルを消す』っておまじないをかけたのは本当。
さっきも言ったけど、殺したかったわけじゃない。まぁ雑誌かなんかで見たおまじないを試しただけだろうね」
きっと、『ライバルに勝つ!』とか『恋を手に入れる!』とか。
そんなに堅苦しいものじゃなかったんだろう。
「でもね、おまじないでもなんでも、人の心に関する呪術は、そう気楽なものじゃないんだ。願かけするならそれなりのルールに則ってやらないと。
…ねぇ、杏ちゃん。彼女って最近カレシできなかった?」
「え?…えぇ、はい、ちょっと前に」
クラスの子たちと噂したことがある。
近藤さんに告白してきた男子がいる、って。
そう…確か。
その時、近藤さんには片思いの相手がいたらしいけど、せっかく告ってきた隣のクラスの彼を振るのはもったいないからOKしたとか。
「あの…えと、でも幸せそうですよ?」
廊下で見かける2人はけっこう楽しそうに笑っていて。
始まりはあんまりキレイなものじゃなかったけど、今ではわりとお似合いのカップルだ。
ドロドロした感じもない。
そもそも、おまじないまでして手に入れたかった彼とは別人だし。
「だから、だよ。彼女はカレシができたことで、おまじないから興味を失った。
そしてその鏡を捨てて…本来ならそこで呪詛返しが発動してもいいんだけど、今回はちょっとやっかいでね。杏ちゃんの手元に巡ってきた。」
「…なんで?」
あたしは無関係。そのはず、だよね?
「なんで俺が近藤さんを割り出せたと思う?」
ぽかん、としているとハヤテさんが質問を投げかけてきた。
見当がつかないあたしより先に瑞穂さんが答える。
「単純に、“見えた”んじゃないの?その鏡から、彼女の姿とか」
「いや、写ってなかった。感じられたのは、おまじないをかけた瞬間の場所くらい」
「どこですか?」
「長机、丸イス。造りは学校の校舎っぽかったけどね」
「なにそれ」
「わからない?」
学校で、そんなものがあるトコロ。
「…家庭科で使う、被服室…とか?」
「あぁ、そっか。特別教室か!じゃあ化学室とか調理室とか、いろいろあるんじゃないの?」
あたしの発言に影響されていくつか候補を挙げた後、瑞穂さんは首を傾げた。
「別に特定できなくてもいい。共通してるでしょ、特別教室の授業って」
「共通?」
「そ。出席番号順に座るって言ってなかった?うしろの子と仲良いからうれしー、って」
そういえば、いつかハヤテさんにそんなこと言ったような。
「無関係なはずの杏ちゃんが呪詛に含まれている。
実は杏ちゃんがその“ライバル”だっていうならわかるけど、自覚ないみたいだしね。
だとしたら事故的にその鏡に写ってしまったんだろうと思ったんだ。探ってみたら案の定。
あの夜、気配を辿っていったらバッチリ近藤さんのとこに行ったよ。彼女、杏ちゃんの出席番号のいっこ前でしょ?」
「でもあの時、住所なんて教えてない…」
「ケータイ番号聞いたからね。知らないかな、ケータイって電波使ってるからけっこう辿れるもんだよ」
「…あんた、そんな芸当できるんだ」
「天狗をなめてもらっちゃ困る」
そんな風に胸はるとこじゃないでしょう。
思わず出かかった言葉はかろうじて呑み込んだ。
「…ストーカーか」
「んだとぉっ!?」
瑞穂さんはしっかり言っちゃってたけど。
天然GPS機能ですね。うん。
「あー、とにかく。かけた本人はおまじないを捨ててるけど、姿が写ってる杏ちゃんからはなんのアクションもない。まぁ、術をかける時に2人の人間が関わっているなんてことがまず珍しいんだけど。呪詛の行き場がなくなって、すごく不安定な状態の鏡が転がりこんで来たわけだ」
女性陣から誉めてもらえそうにないことを悟って、ハヤテさんは早口に経緯を述べ終えた。
そうして、数日前にあたしの元にやってきた鏡は、今は結界の中に大人しく転がっている。
黒い邪気もすっかり消えて、はた目にはごく普通の鏡だ。
「で?本番ってなによ?」
「あぁ、それなんだけどな。これ見て何か気づくことは?」
「は?」
鏡を見て気づくこと?
…なんだろう。黒くて、ちっちゃくて、あたしが使っているようなものとはデザインから何からすべてが違っていて。
なにより。
「古い、です」
「うん。骨董品よね、コレ。使いこんで汚れたっていうわけでもないし」
長い年月を経た、優しい落ち着きを持っている。
あ、でもそこまで大袈裟じゃなくて。螺鈿細工の部分がかなり繊細な造りだから上品に見えるけど、本当に小さな。
おばあちゃんのかばんにひっそりと入っていそうな。
「そもそもさ、普通の女子高生が祈った程度であんな風に念が暴走すると思う?」
「…いいえ?」
「でしょ?だったら何らかの力が合わさったとしか考えられない。で、さっきの2人の印象だ。“古い”だろ、この鏡」
よくわからない。
この人の喋り方はもともと核心に触れないとこがあるけど。
今回のハヤテさんは特に、あたしたちに重要な事柄の周りをぐるぐると回らせているみたいだ。
「…古い…力…鏡…ねぇ?」
わからないのは瑞穂さんも同じようで、あたしの隣でぶつぶつとキーワードを挙げ始めた。
「瑞穂、お前『伊勢物語』知ってるか?」
「え?もちろん」
「んじゃー、『百年に一とせ足らぬ〜』?」
「…九十九髪、我を恋ゆらし面影に見ゆ、?……私を老女だって言いたいの?」
「同音異字で、あるだろ」
「…ももとせ…つく、も……って、あ!えっ!?」
出典だけですらすら和歌が出てくるだけでもかなり尊敬なんだけど。
伏し目がちに考えこんでいた顔をがばっと上げて、瑞穂さんは叫んだ。
「付喪神!!!」
「気づくの遅すぎ。お前、民俗学者やめたら?」
「大きなお世話よ」
正解に行き着いたらしい彼女は、一言も二言も多い天狗さんの頭を勢いよくバッグではたいた。
「えーっと、…あの、つくもがみって…なんですか?」
「ああ、あのね、杏。ほら、見たことない?土杯からぴょこーんと足がはえて歩いてるのとか」
「ありません」
なにそのグロテスクな光景。
てか、瑞穂さんて“みえない”人でしょう?
「もちろん私だって生で見たことはないわよ。でも『付喪神絵巻』に出てくるじゃない?」
「……はぁ」
「あーのなぁー、女子高生がそんな絵画資料を知ってるわけないだろ」
そう?なんて首を傾げる瑞穂さんを見ていると、この人、学者さんだもんなぁと思う。
常人離れしたトレジアの面々の中にいると、まぁ常識人に見えるけど、よく考えればこの人もそうとうぶっ飛んでいる。
「んー、付喪神っていうのはね、物に魂が宿った状態のことなんだけど。長い間、人間に使われた道具とかを粗末にすると化けて出るって考えられてたのね。あぁほら、杏でもから傘お化けとかは知ってるでしょ?」
「えぇ、まぁ、はい」
「あれとかわかりやすい例かも」
要するに、あんまりにも古くて、その付喪神とやらになってしまう程の骨董品を、あたしは拾ってしまったわけか。
それも呪いとかのオプション付きで。
「とことんついてないですね、あたし」
「そんなことないよ。付喪神と遭遇するなんてめったにないのに、今回のケースはまだ変化前だし」
「ん?…ってことはまだコレ妖怪じゃないの?」
「…ってか、付喪神って妖怪なんですか…」
「まぁまぁ、そんな落ち込まないで。ただの骨董品が付喪神になる瞬間が見れるなんて、いい経験だよ杏ちゃん」
ハヤテさんの笑顔を見つめる。
口調はどこまでも優しいけど、あたしにはそんないいモノには思えないよ。
やっぱりあたしはトラブル持ち込み体質なんだ。
こと、妖怪に対して敏感なこの性質は、フツーの女子高生には不要でしょ。
「今から結界を解く」
ハヤテさんはとんでもないことを言い出した。
「このままじゃ、力を放出しきれないからね」
ちゃんと見てるんだよ、とあたしに念を押して。
その言葉に緊張が走った。
円のそばにしゃがんだハヤテさんは、印を結んだ指を口元に寄せ、ぼそぼそとした声で呪文を唱えている。
真言だとか経典だとか、彼が口にするものには深い意味があるらしいけど、はっきり言ってあたしには、聞き取ることすら困難だ。
「解」
普段よりずっと低い声音は厳かで。
しんとする公園に小さく響いた。
円のふちに指をすべらせて、あたしたちはそれを目で追う。
すると、鏡からものすごい勢いで白い光が吹き出した。
バシュンと天まで突き上がった光は、呆然とするあたしたちの目の前で大きな音と共に弾ける。
パァァァンッ
地域住民が飛び起きるんじゃないかってくらいの発泡音の後、空から細かい砂のようなものが降ってきた。
はらはらはらはら、鏡の上に降り注ぐそれは、星の瞬きのような、月の輝きような、きらきらとした白銀の光を放っていて。
あたしが見とれるうちに、結界が張られていた円上には小さな砂山ができてしまった。
「なんですか…これ…」
「長年蓄積された妖力がいっきに発動されたんだ。もうちょっとで自然に付喪神になれたってのに、ヘンなおまじないに巻き込まれたせいで負の念を抱かされたからね。瑞穂の人形にぶつけることで浄化してやった」
そんなの聞かされたら怒りづらいわ、と瑞穂さんは苦笑して。
あたしはそんな大人たちの声を聞きながら、ただただその神秘的な光景を眺めていた。
難しいことなんてわからない。
ただ。
「きれい…」
「ねぇ、杏ちゃん。妖怪も、悪いばっかじゃないでしょ?」
あやしい、って字をふたつ重ねて『妖怪』。
科学なんかじゃ解明できない異様な存在。
日常生活に出てくることはほとんどなくって、あたしだってこっちに越してくるまでそんな現象に出くわしたことなんてなかった。
わからないことだらけだけど、怖くはない。
いとしい愛しい烏天狗サマの隣にいれば、こんな怪奇現象も、すっかりそのまま日常の中に取り込める。
「はい…!」
晴ればれとハヤテさんを仰いだ瞬間、
ずざざざぁぁあっ
ムードをぶち壊す音がして砂山が崩れ、中からぽんっと何かが飛び出してきた。
こんな登場シーン、よく見ているような。
そうだ、あれだ。
うちのアパートのイタチと同じなんだ。
「うわぁぁっ!何!?ユウ?」
「違う、杏ちゃん。ユウじゃない」
よく見て、と示された先には、真っ赤な着物を着た女の子が立っていた。
(…うわぁお。いかにも)
座敷童子、みたい。見たことなんてないけど。
「えーっと、さっきの?」
「そ。手鏡のコ」
「コって…何十年も経った鏡の、でしょ?」
あっけらかんとしたハヤテさんに、あたしも瑞穂さんも困惑を隠せない。
付喪神って概念を説明されても、実際どうなるのかわかんなかったし。
まさか、人型になるとは。
「あの…お名前は?」
やむを得ず、といった感じであたしは質問をした。
「わたしに、名はない」
「え?」
「名前はない。誰も鏡に名なぞ付けてはくれんかったもの。名前がいるならお前がつけろ」
かわいい声だった。
耳に馴染む心地よい高さで、見た目どおり小さな女の子の澄んだ音。
ただちょっと命令口調だけど。
「お前、わかっているのか?」
名前をつけろと言われても困ってしまうあたしと彼女の間に、ハヤテさんが割って入った。
「名をつけるということは、その相手に縛られることになる。名前にまとわりつく呪くらい、お前だってわかっているだろう」
「だからなんだ。わたしには別に、行きたいところなぞない」
「あのな。お前、人間に道具として扱われて不満はなかったのか?この上、この子に名前をもらったら、人間の世界に生き続けることになるんだぞ?」
まっすぐな視線を向けてくる女の子に、ハヤテさんは必死で説明をしていた。
お前は今日から自由なんだぞ、と。
自由、なのだと思う。
道具という枠から離れて、この子はこれから自分の意思で動くことができる。
それがきっと、付喪神に与えられた“自由”だ。
道具を捨てた人間に怨みをはらす土杯も、意思を持たなきゃ行動できない。
「鏡としての生活は、嫌いではなかった」
「なぜだ?」
「わたしを覗いて、人間は笑ったもの。綺麗なべべ着て、化粧して、にっこりしていた」
なぜ人間を怨むのだ?、と彼女は言った。
遠い昔の光景を懐かしむかのように微笑みながら。
ああ、この女の子は幸せだったんだ。
最後の最後にこんな嫌な使い方をされてしまったけれど。
それでも人間を憎まないのはきっと、ずっと大切に扱われてきたからだ。
そう思ったら急に、とてもこの子が愛しくなった。
この子を大事にしてきた人々も、みんな。
「ねぇ、あなたうちのアパートに来ない?」
「え!杏ちゃん!?」
自然と言葉が口をつくと、女の子も「あぁ、行きたい」と答えた。
「おい、即答かよ。…本気?杏ちゃん?」
「んー、まぁいいじゃないですか。ハヤテさん」
明らかに嫌そうな彼に向かって、あたしは笑った。
「小梅が来たいって言うんだから」
「…コウメ?」
おかっぱ頭に飾られた、小さな花かんざしに目をとめて。
「こ・う・め!この子の名前です」
目線が同じになるようにしゃがみこんでみる。
何度も確かめるかのようにその3音を繰り返していた少女は、あたしの前に黒手鏡を差し出した。
それは、ついさっきまで彼女のであったもの。
「“わたし”をやる。“小梅”をもらった礼だ」
「気にいった?」
「ああ、いい名だ。ありがとう」
あたしが鏡を受け取ると、小梅はにこっと笑った。
「あーぁ、家賃払わない住人が増えたよ…」
「いいじゃない。どうせ部屋は空いてるんだし」
「瑞穂んとこの家賃上げていいか?」
「いいわけないでしょ」
アパートまでの帰り道、ハヤテさんの愚痴がいつまでも続いている。
新しい仲間が増えたんだし、もっとうれしそうにしたっていいのにね。
管理人の意向を無視して勝手に入居を勧めたあたしも悪いんだけど、さ。
小梅の見た目はユウの人型化した姿と同じくらいだから、きっと仲良くなれるはずだ。
あたしとしても妹ができたみたいでうれしいし。
「それにしても、小梅ってぴったりよね。かわいいかわいい」
「よく思いついたよねー、杏ちゃん。鏡の螺鈿模様からとったの?」
「え、かんざしが梅モチーフだったからでしょ?」
「…え…えっと」
「まぁどのみち、ハヤテが変な名前つけたりしなくてよかったわ」
「なんだと?」
いい名前もらえてよかったな、なんて言う大人たちに即座にうなずく小梅を見て、あたしはそっと息をもらす。
昨日コンビニで買った飴のことは、黙っておいた方がよさそうだ。
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