first phrase 04


す、と辺りの気温が下がった気がした。

予想外の展開に固まってしまった私を、彼はその緑色の瞳で静かに睨みつけていた。
「やはり蒼の王家の手の者か」
「ちょっ、なに言ってるかわかんないんですけど!」

王家って、ナニ?

「ごまかすつもりか」
「ごまかすもなにも!私はただの一般庶民です!そりゃ、あなたは…一般人っぽくないですけど」
めちゃくちゃお金持ちっぽいもん。

「一般人、か。オレを前によく言うな」
「あの?」
「オレは吸血鬼だ。お前も良く知っているだろう?」
「……は?」
何とかの一つ覚えみたいに、私はまた固まった。

だって信じられる?
『吸血鬼』って言ったんだよ、この人。自分のこと。

アタマ大丈夫なんだろうか。

私だって自分がファンタジー妄想の激しい、夢見る少女(違)だってことは自覚してるけど。
それはあくまで妄想であって。
さすがに16にもなれば、ほとんど冗談みたいなものだ。
なのに目の前のこのひとはいたって本気みたいで。

「えーと、あの、冗談がお好きなんです…ね?」
「しらばくれるつもりか?」
とりあえず愛想笑いで返した私に、顔色ひとつ変えずに彼は言い返す。
さすがにちょっといらっときた。

「…だって!信じられるわけないでしょう!吸血鬼って、あなた」
「……」
「第一、私は、アオノオーケなんて知りません!」
少し言葉が荒くなってしまった。

夢見ることは好きだけど、こんなよくわからない相手のペースなんて、ご免だし。

「ならばその証拠を示せるか?」
「…証拠?」
そんな、無茶なことを。

『私が“わたし”であることをどうやって示せというの?』
そう言っていたのはどこの誰だったか。

だからといって彼の言葉に負けるのは、なんとなく悔しくて。
ふと、思いついた。

「鏡、でどうです?」

もし仮に、彼が本当に吸血鬼だとして。
その彼と敵対してる(っぽい)蒼の王家とやらも吸血鬼なんだろうから。

吸血鬼は鏡に映らない。

だてにファンタジー好きなわけじゃない。
こういう知識ならたくさん持ってる。

肩にかけたままだったかばんの中からポーチを取り出した。
その中のコンパクトミラーを取り出して彼の前に見せてやる。
瞬間、彼が嫌そうな顔をした。
ほぉら。嘘がばれちゃうもんね。


にやり、と自分でもわかるくらい意地悪い笑みを浮かべて、私は鏡のふたを開けた。
当たり前だけど、そこには私の姿が映っていて。
笑っちゃうくらいに、してやったり!って顔をしていておかしかった。
「人間だ、って納得してくれました?」

「……あぁ」
しぶしぶといった感じで彼はうなずいた。


「じゃあ、今度はあなたが証明して下さい」
「オレが吸血鬼だということを、か?」

にっこりと笑って鏡を差し出す私は性格が悪いかもしれない。
でも、こんな雰囲気たっぷりのところで,そんなタチの悪い冗談を言うほうが悪い。
追い払うなら、もっとまともに追い払えばよかったのに。
勝手に訪ねてきておいて、ずいぶんな物言いだとは思うけど。
相手が悪かったね、オニイサン。

「…後悔するぞ」
鏡を受け取りつつそういった彼を、笑顔で急かす。
悪あがきしちゃってさ。


ふたを開ける指先。
その先の銀色に、彼の白い肌が映ると思っていた。

なのに。

驚いて息ができなくなるって言うのは、こういう感じを言うんだと思う。
お化け屋敷のドッキリとはレベルが違う。
鏡の中に彼の姿はなく、背後の廊下が映っていた。


本当はすぐにその場を逃げればよかったんだと思う。
それか、叫び声をあげるとか。
とにかく何かするべきだったんだと、思う。


人って言うのは自分の理解を超えた驚きに直面するとわけのわからない行動をとるってきいたことがあるけれど。
そのときの私はまさにそれ。

バカみたいにそこに突っ立って。
あろうことか、傍らの不可思議な存在にときめきを覚えていた。






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