いつかきっとふりむいてくれるその日、まで



pleasant phrase 02


前日と同じようにドアを叩くと、
うんざりしたようにエマニエルさんは私を家に上げてくれた。

昨日、始めて部屋(なんか応接室みたいなとこだった)に通されて、
いろいろ質問とか受けたり、逆にこっちから訊いたり。
なんだかあっという間に時間が過ぎてしまって、
当然満足なんてできない私は、また来ます宣言をして帰宅した。



「本当に来たのか」
昨日の私の言葉を冗談だとでも思っていたのか、彼はものすごく呆れた顔をしていた。

来るに決まってるじゃない。
こっちはあなたに恋しているんだから。

好きな人の家に簡単に上がるっていうのも不自然な話だけど、
正直そんなアブナイ展開は期待したところでおきるわけもないので、あまり気にしない。


長い廊下を歩いていって、昨日と同じ応接室に通された。
外観からはよくわからないけれど、この家はとても広くて、やたらにドアが多い。
ということはそれだけの部屋があるということで。
それなのに、このやけに大きなお屋敷の中に、彼は一人で暮らしているのだと言っていた。

「相当に図太い神経を持ち合わせているな?」
「でも昨日、ちゃんと言ったじゃないですか」
ソファに腰掛けるなり、彼は表情ひとつ変えずにそう言った。
長い足を組んで背もたれに寄りかかる姿は、ずいぶん態度が大きい。
もちろんここは彼の家だし、私が文句を言うことではないんだけど。

図太い神経、って昨日も言われたなぁ。


エマニエルさんが言うには。
この家は一般人には気付かれないような魔法がかかっていて、 本来ならば3日前、私がここの存在に気付いたことがおかしくて。 魔法の効力が弱まっていたのかと思った彼があとから調べてみても、とくに異状はなかったらしい。
しかも私に記憶を消す魔法をかけても一瞬しか効かなかった。
(その一瞬のせいであの時屋敷の姿が消えたみたい)
どうやら彼にとっても私の存在は謎だらけのようだ。


「本当に、何者だ?」
なんかもう、これ尋問?ってくらいの威圧感。
「何者もなにも、ただの女子高生ですってば」
「学生だったらどうして午前中にここにいる?」
「だって今GWでしょうが」

5月5日。
今日の練習は午後からだから、それまではここで過ごそうと勝手に決めて来た。

「Golden Week?なんだ?それは」
不必要なくらい発音よくそう言う彼は、微妙に日本の習慣に疎いらしい。
ゴールデンウィークって和製英語なんだね。初めて知った。
「いや、五月のこの時期、全国的に仕事とか学校がお休みなんですよ。祝日とかが続いて。」
「だからお前はここに来た、と?」
「そう。…っていうか、私は香織ですって。そろそろ“オマエ”やめません?」
「……」
あ。無視ですか。
いいけどね。もう、別にね。


「お前はオレが吸血鬼だと疑っていないんだろう?」
「ええ。…え、だって、実際そうなんでしょう?」
当たり前のように聞き返す私に、それはそうだが、と彼が言葉に詰まった。


「ほら、大丈夫ですよ。十字架のネックレスしてるし!」
念のため、というよりむしろ気分を盛り上げるためにつけてきたネックレスを掲げて見せる。
「甘い」
テンションを上げて私が言うが早いか、即切り捨てられた。

「いつの時代の話だ。十字架くらい克服済みだ」
「えっ!?」
確かに、十字架はキリスト教圏の吸血鬼にしか効かないし、 しかもその吸血鬼本人がもともとキリスト教徒じゃなかったら意味がないとかって話は知ってるけど。
克服、ってことは彼もそのタイプの吸血鬼だったんだろうか。
…てか、克服とかできるものなんだ…?

「じゃあ、ニン…」
「ニンニクも少しなら食べられる」
「えぇーっ!?嘘でしょう!?」
言いかけた私をさえぎって、彼はまたしても私の常識を覆した。

ヴァンパイアっていたら十字架に、ニンニク。
これってやっぱり基本でしょう。
ちょっと信じてたのになぁ。

「じゃ、じゃあっ!あれは!?白木の杭!!あれなら…」
「お前、オレを殺したいのか?」
しまった、つい、とんでもないことを言ってしまった。
白木の杭は魔物を滅するときに使用するものだった。
苦手、とかいうレベルではない。
しかもその使用方法は、杭をその者の胸につきたてること。


「ごめんなさい!ホント、そういうつもりは…」
あわててソファから立ち上がると、これ以上無理ってくらいに頭を下げた。
仲良くなりたい相手に、なんて失言だろう!

「わかっている」

公開と反省がぐるぐると頭をめぐっているところに、予想外に優しい声がかかった。
驚いて顔を上げても、その表情はさっきとあまり変わらないんだけど。
でも、少しだけ、楽しんでいるような。
…警戒心が薄くなってる?

「そういえば、この家の中ってずいぶん明るいですね。光も克服済みなんですか?」
改めて話題を振ってみた。
考えてみたら、昨日よりも会話がはずんでいる気がする。

「当たり前だ」
少しだけ誇らしげに彼は言う。
ほんの少しだけど、彼の抑揚のない言葉の中に含まれている感情を感じ取れるようになったみたい。

「お前のもっている俺たち種族の知識はずいぶんと古いな」
そういう弱点はとっくに克服しているさ、なんて言ってるし。
「…の、割には日光が入りにくい設計になってますよね?」
ちょっとバカにされて悔しかったから反撃してみた。
確かに部屋中明るいけど、それはすべて照明によるものだ。
窓なんか極端に小さくて、装飾のためなことがバレバレだ。

「……お前、くわしいな」
「やっぱり、日光はいまだに苦手なんですね?」
にやりと意地悪く笑ってやったら、長い前髪の向こうで緑の目が恨めしそうに私を見た。
あ、なんだ。
ちょっと可愛い仕草もするんじゃない。



「また、来てもいいですか?」
なんて訊いても訊かなくても、私はまたここに来るんだろうけど。
本当はもっと話していたいけど、今日の練習はコーチが来るから遅れられない。

「お前はここへ、何しに来るんだ?」
「何、って…あなたに会いに?」
「吸血鬼に会ってどうするんだ」

一番はじめのときも同じようなこと言われたな。

あの時はものすごく冷たくて、威圧感もすごくて、ちょっと怖いくらいだったんだけど。
今度のはただ、悲しいようにだけ聞こえる。
彼はたぶん無自覚なんだろうけど。
聞いてるほうが泣きたくなってしまうような。
そんな声音で。


この人はこれまで、どんな暮らしをしていたんだろう。


最初に比べれば少しだけ、警戒心は解いてもらえたみたいだけど。
こんな表情を向けられているうちは、心を通わすなんて、ずっとずっと先のことなんだろうな。
そんなことに、いやでも気付かされてしまう。

「私はあなたとこうして話しをしてるのが楽しいんです」

それでも今の、私のこの思いを。
ほんのちょっとでいいから、彼に伝えたい。

「あなたといるのが楽しいから、ここへ来てます。
できたらあなたと、もっともっと仲良くなりたい。
今のところ、ホント、それだけですよ」



また来ます。
そういった私に、返事は返って来なかった。







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