pleasant phrase 03


ものすごく、むかつく。
何がむかつくって、話はほんの数分前のこと。






学校帰りに不思議な友人(私のほうではそう認識してる)の家に行くようになって何度目か、
私は飽きもせずまた、ここにいた。
来るたびに彼との距離感に気付かされて悲しくもなったけど、
そこで簡単に折れてたら、吸血鬼に恋なんかしていられない。


今日も私はいつものように応接室のソファに座って、目の前の美青年を見ていた。

短い銀髪。翡翠の瞳。整いすぎてる顔立ちはやはり人外のものだからなのか。
かっこいい、では語りつくせないその姿は気品に満ちていて。
だけどひどく、クールだ。



「なんだ?」
「や、別に。ただ、かっこいいなー、って見とれてました」
「ふぅん、そうか」
「うわ、言われ慣れてる態度」
この容姿ならそれも納得だけど。

彼が無愛想ながらも女の扱いに慣れていることは、ここしばらくでわかったことのひとつ。
ちょっとした仕草がものすごくキレイなこととか。
ふとした動作が紳士的なこととか。

それに、ほら。
私を言い負かしたり、困らせたり、
ちょっと自分が優位に立ったときのかすかな笑顔。
時々妙に、こどもっぽいんだよね。



「そんなことより、エマニエルさんってご出身は?」
いつまでも得意げな顔されるのもしゃくで、私は話題を変えた。
「フランスだ」
「へぇ、すごい!日本語お上手ですね!」

そう。
外見上、どう見ても日本人とは思えなかったけど、
生まれはこっちですか?と訊きたくなるくらいにエマニエルさんは流暢に日本語を話す。

「一族の特権でね。行った先の言語をある程度までは操れる」
「うわ!うらやましい!」
そんな能力が私にもあったら、昨日の小テストだってあんなに残念な結果じゃなかったはずだ。
もちろん、そんな何の自慢にもならないことは彼には言わないけど。


「じゃあ、何ヵ国語くらい話せるんですか?」
「だから、行った先の……お前、オレに関するレポートでもまとめる気か?」
「いえ、そういうわけじゃないですけど」

ここへ来るたびに質問ばかりしている私に、彼は近頃呆れ気味だ。
だけど私にしてみれば、せっかく憧れ(?)の吸血鬼と話せるチャンスを逃すなんてもったいない。



彼と普通に話せるようになって少したつけれど、今でもよく考える。
これは夢じゃないか。ファンジー小説の読みすぎなんじゃないか、って。
親にも友達にも言えないし、もうじきやるって噂の抜き打ちテストが嫌で現実逃避してるのかなぁ、とか。
本当に、ここ数年まれに見る脳みそのフル回転が続いているんだから。

それでも、ね。
うれしかったんだよね、私。小さい頃の夢が叶って。



「エマニエルさんが不愉快なら、もう質問やめます」
彼に質問しているのは、好奇心も当然あるけど、
好きな人とのコミュニケーションを取ろうとする、涙ぐましい乙女の努力だったりもするんだけど。
だからといって、彼に嫌われたら元も子もないし。

「別に責めてるわけじゃないからいい」

やわらかな声がかかる。
最近やっと少し、彼の声が優しくなった。
そのことは素直にうれしいな、と思う。


「オレも日本に来て日が浅いから、いろいろ尋ねることもあるだろうからな」
うなだれていた私をフォローしてくれているのかもしれない。
まぁ、口調はエラそうだけど。
吸血鬼というだけあって人生経験豊富なんだろうか。
度量が大きいというか、彼はほとんど怒らない。



「あ、日本に来てすぐなんですか」
「あぁ。16の終わりに来て…3ヶ月くらいか?」
「3ヶ月じゃ、まだ慣れないですよね」
いくら特殊能力でもさすがに無理だろう。
なるほど、と相槌を打ちそうになって、ふと思いとどまる。



あれ?
今、彼は、とんでもないことを口にしなかった?
そして今私は、とんでもないことを耳にしなかった?



「エマニエルさん!あなた今、16歳って言いました!?」
「いや、誕生日が来たから17だ」


そんな細かいことはどうでもいい。
なによ。
なによなによ、なんなのよ。

「あなた私とタメじゃん!!」






…で、ムカついてるの。

だって!私ず―っと年上だと思って敬語使ってたんだもん。
そりゃかしこまって尊敬語とか謙譲語とか使ってたわけじゃないけど!
(敬語って難しくてよくわからないし)

でも、なんか嫌。
ムカつく、というよりは損した気分だ。


「お前、オレのことを何歳だと思っていたんだ?」
「やっぱり吸血鬼だし?2、300歳はいってるかと」
「…何?」

そうやって睨んだって知らない。
私は怒ってるんだから。

ホントは拗ねて口をきかないでいようかと思ったんだけど。
「オレはそんなに老けているか?」
なんてつぶやいてる彼の方がよっぽど拗ねているみたいで、かわいいから、許す。

というか。
彼にシカトなんて強気な態度をとれる立場じゃないことはわかっているから。
気まずくなってこの家を出たら、私たちの接点はなくなってしまうんだ。
悲しいけど、その程度の関係。



「日本人って童顔らしいもんね。比べたらやっぱりエマニエルの方が大人びて見えるのよ」
なんだか悔しいから、わざと名前を呼び捨てにしてやった。

「…おい?」
「タメだってわかったから。呼び捨てにさせてもらうよ?
 あ、もちろん私のことも呼び捨てでいいから」
多少強引なくらいでなくっちゃこの人とは渡りあえない。
それはこの数週間で身にしみていた。

「どうしてお前が主導権を握っているんだ?」
「だって、気に入らない時は従わないじゃない?」


そうやって、私の名前を呼ばないように。
ものすごく。ものすごぉく悲しいけれど。
もう別に、“オマエ”でもかまわない。
恋する乙女は殊勝なものよ。



「それよりも。誕生日っていつだったの?」
さっき彼がチラッと言ったから。
かばんの中身を確認しながら私はエマニエルに尋ねた。
彼に対する言葉づかいはすっかりクラスメートに対するものと同じになってしまっている。
今まで考えたこともなかったけれど、どうやら私は年齢というやつを気にするタイプだったらしい。


「5月2日」
「私が初めて来た日じゃん」
ちょっと運命感じちゃうなぁ。…なんて、ね。
何かプレゼントになりそうなものを探しても、あいにく男ものなんて持っていない。
あるとすれば。

「う―ん、昨日買ったやつだけど…これでもいい?」
そう言って私はネックレスに通していた黒いリングを差しだした。


「ん?」
「誕生祝いと、お友達記念に」
「オトモダチキネン?」
「ごめん、私も今思いついた言葉だから」


あなたという存在に出会えた奇跡に感謝して。


言ってみてから、なんてクサいセリフだろうと頬が熱くなった。
それなのにエマニエルときたら平然としていて。

チクショウ、これだから外人は(偏見)



「お祝いに黒って、あんまり日本じゃ好まないんだけど、エマニエルって黒、嫌いじゃないでしょ?」
彼が黒い服とか着てるの見たことあるし。
「見た通り、プラスチックだけど」
思わず苦笑い。
女子高生はお金がないのだよ。吸血鬼くん。

もしかしたら受けとってくれないかも、と思ったんだけど。
まじまじとそのリングを見つめた後、彼はそれを手にとった。

「オレにはめろ、と?」
どう見ても入らない、とでも言いたげな彼に、私はため息をついた。
この人、案外天然かもしれない。

「ペンダントトップくらいにはなるでしょ?」
「…あぁ」
理解したようにうなずくと、彼は首にかけている細い鎖に手をかけた。


まさか、さっそくつけてくれるとは。


細くてシンプルなチェーンネックレスに、黒い指輪が通されている。
昨日、駅ビルでひと目惚れして買ったそれは、
安物だけどディテールにこだわった造りで、思ったよりも彼に似合っていて。
私は思わず、昨日お店で勧めてくれた友達に感謝した。

「これでいいか?」
「…あ、うん。似合う」
なんか、うれしいなぁ。

「でも、さすがにそれだけじゃ安すぎだから、今度なんか持ってくるね」
そうすればまた、ここに来る口実にもなるわけで。



「何がいい?エマニエ…」
「エマ、でいい」
リクエストを聞いておこうとした私をさえぎって彼は言った。

「え?」
「親しい相手はたいがいそう呼ぶからな。ありがたくもらうよ、カオリ」

初めて名前を呼んでくれた。
しかも、呼び捨て!


ほんの少し微笑んでくれた気がするのは、私の気のせいかもしれない。

でも、いい。
なんでもいい。
うれしくって仕方ない!

だって彼が、エマが、私のことを友人として認めてくれた。
そういう風に受けとっていいんでしょう?

たかが千円以下のチープな指輪で、こんなに幸せになれるなんて。



季節はずれのスプリングセールも、悪くない。







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