glaring phrase 01


「焼けましたねー、香織先輩」
「あはは、お互いさまでしょ?」
「こう毎日練習じゃ、日焼け止めでも防ぎきれないですって」
うちのコーチの熱血ぶりはこの地域では有名だ。
橋本香織、高2の夏は、部活三昧で過ぎて行きマス。


今日の練習も終わって、部員どうし仲良く下校しようとしているところ。
私の周りには後輩が来ていた。

「この後アイスでも食べて帰りません?」
「やーだっ!あんたたちと帰ったら私がおごんなきゃなんないじゃん」
「そんなことないですよぉ」
「そぉーかなぁー?…んー、でも、ごめん。今回はパスさせて」

「えーっ!?なんでですか」
「先輩最近忙しそうですね?」
特に深い意味もなく話を振る彼女たちに、思わずぐっと詰まる。
確かに近ごろ、部員や友達に付き合いが悪いと言われている気もする。

「カレシですかぁー?」
「なっ…ば、ちがうよっ!」
あーやーしーいーっ、とハモっているあたり、単に興味本位に騒いでるだけだ。
でも、あいにく私にはそれを軽く受け流すスキルはない。
こんな応対じゃよけいに疑われるのはわかってるけど。

「じゃっ!私、今日、先帰るね!また明日っ!」
無理に話を切り上げてその場からの逃走をはかった。
このままここにいても墓穴掘るに決まってるし。

「あっ!先輩!ズルイ!」
「香織先輩、今度話して下さいよーっ!」
背後から後輩たちの大声プラス大笑いが聞こえる。
これじゃあ、センパイとしての立場がない。
明日のゲーム、覚えてろ!
内心そう毒づいて、だけどあえて振り返らずに 私は校門を走り抜けた。



カレシ?
ということは、彼の…カノジョ?
そんなの、なれるものなら私だってなりたい!!


エマニエル・ミラ・アズリラード。
彼と出会ってもうじき3ヶ月がたとうとしていた。
超絶美形かつクールボーイな吸血鬼との親交を深めようと日夜奮闘中の私は、
要するに相も変わらず彼に片思い中だ。
もういい加減この恋は実らないかもしれない、と思い始めてもいる。
だからといって、こうして遊びに行くのをやめるつもりなんてカケラもないんだけど。


そこの角を曲がれば彼の家が見えてくる。
いまだにどんな魔法なのかわからないけれど、その家は他の人には見えないらしい。
それが見える私は、ちょっとだけトクベツなわけで。
そういうのはホントに、うれしかったりする。


角を曲がった直後、私は足を止めた。
今、誰かに見つめられた気がする。
いや、でもあれは視線とかじゃなかったような…どちらかといえば、気配?

思いあたる節がないわけじゃない。
最近、といってももうずいぶん前からだけれど。
こうやって、変な気配を感じることはよくあった。
いつからなのか正確にはわからない。
でも別に被害とかがあるわけでもないし、たぶん私の気のせいだと思う。
だって、私が誰かに狙われたり見張られたりするなんて考えられないもん。
ストーカーはやっぱり怖いと思うけど、私はそういうのに狙われる程かわいくもない。(って自分でいうのも悲しいけど!)

それにいざとなれば、私には吸血鬼がついているわけだし。
…まぁ、実際、私がピンチだからってエマが助けてくれる確率はものすんごく低い気もする。


一応後ろを振り返ってみても誰もいないし何もない。
(気のせい…かな)
そんなテレビドラマみたいなことが日常的に起こるはずもない。
…あぁ、でも、これから吸血鬼とお昼ご飯っていうのも非日常的ではあるか。



再び足を進めつつ、自分で少し笑ってしまっていた私は、
次の瞬間、今度は驚きで足を止めた。

彼の家、その中世ヨーロッパ風な建物の入口である黒いゲートの前に一人の女の子が立っていた。
いや、立っているだけじゃない。
その子は今にもゲートを開けようと手を伸ばしている。
ということは、彼女にはエマの家が見えて…いる?


「ちょ、ちょっと待って!」
私はとにかくその子の傍に走り寄って、肩に手を置いた。
「ここにお家なんて、あったりする?」
できる限りやさしく、怖がられたりしないように、
自分の胸元くらいしかない女の子の目線までしゃがんで尋ねると、
「あなたはだぁれ?」
と、まるっきり質問を無視された。

「私は香織。あなたは?」
仕方なく名乗る。
しかし彼女は、私の言葉を聞いても態度を変えることはなく、
ただその大きな瞳をじっとこちらに向けるだけだ。

「ねぇ、お姉さん、あなたにこのお屋敷が見えるの?」
「え、うん」
ふいに問われて、私がうなずくと彼女は驚いたような、怒ったような表情を浮かべた。

「そう…じゃあ、あなたが……」
小さく、至近距離だというのにほとんど聞きとれない声量で彼女はつぶやいて。

「ねぇ、あなた、名前くらい…」
「…めない」
「え?」
「認めないんだから!エマニエル様は渡さない!」


えーっと。
あれ?
話が読めないんですが。

なんですか、これ。ライバル現る、ってこと?


「え!?なに?あなた誰!?」
「うるさい!あんたなんかに名乗る名前なんてないわよ!
 あたしはエマニエル様の恋人なの!!」

え?なに?
コイビト?
いやいや、そんな話初耳ですけど!

「恋人!何それ!嘘でしょ!?」
「嘘なもんですか!あんたが一体何を知ってるか知らないけどね…」


混乱する私。
怒っている彼女。
そして、

「お前たち、何してるんだ!」
家の主からの一喝。


「エマニエル様!」
とたんに彼女の顔がぱあぁっと輝いた。
さっきまで私を睨んでいた顔とはまるっきり別人だ。
「リエッタ、お前いつの間に戻って来た?」
「たった今ですわ。ご主人様」
ご主人様、って。
そんなどこぞのメイド喫茶じゃあるまいし。
私が思わず吹き出すと、女の子の睨みと一緒にエマの視線が向けられた。

「門の外でもめるな。そこは結界が張ってないんだぞ」
「ごめん。ねぇ、それより、ひとつ聞いてもいい?」
彼の苦情を聞き流して、私は単刀直入に切り出した。


「エマって、実はロリコン?」






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