glaring phrase 02


最近部活で日に日に黒く焼けていく私にしてみればうらやましくて仕方ない、
その透き通るような白い顔にすっと青筋を浮かべて。
「ふざけてないで早く入れ」
だなんて。
いっそ怒鳴ってくれた方がすっきりするのに、なんて、実際は怖くて言えないんだけどさ。



(あーあ、怒らせちゃった)
私のロリコン発言にいまだムスッとした顔でソファに寝そべっているエマを横目に見て、こっそりため息をついた。
あの後すぐに家の中に引っ込んでしまったエマを追いかけて、私とリエッタは玄関をくぐった。
冗談だよ、嘘だって、とかなだめてみたけど、彼の機嫌は直りそうもない。
あせっている私をしり目にリエッタは奥の台所の方へ向かってしまったので、
私は一人この気まずい状況に取り残されてしまった。



こうして居間にいる時は大抵彼はくつろいでいるから、その体勢は見慣れてる。
でも、そんなそっぽ向かなくてもいいと思う。

「エマー、ごめんってば」
「謝る態度じゃないな。第一、オレは怒ってない」
「その声は怒ってるじゃんか…」
まだ向こうを向いた体勢のままで低い声が返って来た。

どちらかというと、拗ねているだけみたいな気もする。
ホント、この人は時々妙に子供っぽい。


「そんなにロリって言われたのが嫌だった?」
「嫌に決まっているだろう。それにな…」
ようやく体を反転させて、エマが口を開いたとたん、

「ご主人様ーっ!お茶をおいれしましたぁ」
その場の空気に驚く程不似合いな声が割込んで来た。


まっ黒な髪と瞳だけど、西洋風な顔だち。肌の色は抜けるような白。
さっきエマにリエッタ、と呼ばれていた女の子だ。
フリルのたくさんついた、いかにもなメイド服に身を包んでいるけど、
見た目が10歳くらいなので給仕さんというよりフランス人形とかにしか見えない。

さっきふらりと姿を消したと思ったら、どうやらご主人様へのお茶の仕度だったらしい。



「リエッタ、ミルクを」
とぽとぽとカップにいれたての紅茶を注ぐ彼女に、エマは声をかけた。

「え?エマニエル様、ミルクティーの方がよろしかったので?」
「いや、オレではなく、カオリにだ」
見れば、確かにカップは2つあって。
私はてっきりリエッタが自分で飲むんだと思っていたんだけど。
「うっわ、ガキくさ」

…かわいくない子供。

しょうがないじゃない。
普段、缶やペットボトルに入った紅茶しか飲んでいない私にとって、
エマの家で出されるやつは香り高いのと同時に少しばかり渋いのだ。
とてもじゃないけど彼みたいにストレートじゃ飲めない。

「それにしても、エマニエル様…」
なんとなく馬鹿にされた気がしていた私をよそに、リエッタはしきりにうなずいている。
私にしてみればエマのこの気遣いはいつもどおりのことで。
だから特におかしなことでもなかった気がするのだけど。
彼女は受け止め方が違ったらしい。
ひどく驚いて、しかも感慨深そうにエマの名前をつぶやいていたりして、ついさっきまでとまるで様子が違う。



「リゼル、わかったならとりあえず、その小芝居をやめないか?」
「あ!今はリエッタでございますよ!お付き合い下さるなら最後まで…」
「おい?」
エマが眉間にしわを寄せて凄んでみせると、すぐにリエッタは黙りこんでしまった。


なんだか、私の知らないところで話が進んでいる。


「わかりましたよぉ、ご主人様」

ボンッ

リエッタが言うなり、白い煙がわき出して、あっというまにその体を包み込む。
「えぇっ!?リエッタ!?」
「騒ぐな。まぁ、見ていろ」

なぜかエマは冷静だけど。
これが騒がずにいられますか。
目の前で人が煙に飲まれたっていうのに!



「驚かしてしまってすいません。改めてこんにちは、カオリ様」

やがて薄れた煙の中から現れたのは男の子。
にこやかに私に向かって笑いかけている。
「僕はリゼル。王のお傍におられる方が気になって、少し様子を見させて頂きました」

「…えっ…え?あの?…えーっと…リエッタは…??」
慌てふためく私の横でエマが面白そうに唇の端をつり上げた。
「あぁ、あれは、僕です」
「は?」
「僕、女装もするんです。趣味で」
いや、そんな明るくシュミとか言われても。


えーっと?
リエッタは女の子で、リゼルが男の子で?
で、リエッタはリゼル??


つまり私はこの目の前の男の子に遊ばれていたってことだよね。

混乱しきった頭で必死に整理する私をリゼルはにこにこと見つめている。
なんとなくいい気はしないけど、かといって怒る気にもならないのは彼の人なつっこい笑顔のせいだろうか。

というかむしろ、横でエマが楽しんでるっていうのがムカつく!


「ちょっとエマ!なんで黙ってたのよ!?」
「オレは言おうとしたぞ」
「いや、絶っ対楽しんでたでしょ!」
「そもそも、お前があんなこと言わなければ…」
「そんなの、エマが先に言ってくれてたらロリコンなんて言わなかったもん!」
「何度もロリコンって言うな!」


「はいはい!お二人の仲がよろしいことはよぉっくわかりましたので!」

お互いのせいにして騒いでいた私とエマに向かって、
リエッタ改めリゼルはぱんぱんと手を打って、現実へと引き戻した。



「紅茶が冷めてしまいますよ?」
その笑顔が子供のくせにやけに腹黒く思えたのは、私の気のせいだと思いたい。

……あぁ、無理だ。
隣でエマも引きつってる。







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