glaring phrase 03


「わぁーっ!おいしそう!!」
テーブルの上にはオムライスとサラダ、それにミントを浮かべたアイスティー。
ここがエマの家だとはとても思えない完璧なお昼ご飯は、レストランもびっくりの出来だ。

「すっごいね!リゼル」
「喜んで頂けてうれしいです」

エマの家でご飯を食べるのは別に初めてじゃない。

何となく長居しすぎてしまって夕食を食べて帰ることになったり、
今日みたいに最初からお昼を一緒に食べる約束をしていたり。
とはいえ彼に料理はできないらしく、大抵は私がコンビニとかで買って来たりするんだけど。
今日もそのつもりでいたら、リゼルが一人でこの食事を作ってくれた。



「いただきますっ!」
オムライスは薄焼き卵で巻いてあるタイプじゃなくて、上にとろりとした卵がのっかっている。
中身は私の希望でウィンナー入りのケチャップライス。
グリーンピースが苦手だなんてわがままを言ったらちゃんと抜いてくれたので、すごくうれしい。

「リゼル〜〜っおいしい!!」
思わずスプーンを持ったまま叫んでしまうくらい。
リゼルの作ってくれたオムライスも、添えられたシーザーサラダも、とにかくおいしい。
「カオリさんが食べてくれると僕も作りがいがあります」
リゼルはにこにこしながら私のグラスにアイスティーを注いだ。




あの後詳しく話を聞いてみると、
リゼルはエマの従者で、家事全般をとりしきっているらしい。
エマが日本に来てしばらくは一緒に生活していたんだけど、ここ数ヶ月、日本を離れていたという。

久々にエマのもとへ戻って来たら、私が声をかけて来て、
リゼルは私のことを知っていたから、ちょっとからかいたくなったみたいだ。

だからって女装することはないと思うけどね。



(従者、ねぇ…)
改めて、エマってお金持ちなんだなぁ、と思う。

見た目10歳(本当はいくつなのか知らない)の男の子にかしずかれるなんて
全く慣れてない私は“様”から“さん”に格下げしてもらってほっとしてるっていうのに。
お金云々、っていうより身分が高いのかもしれない。
それとも吸血鬼ってみんなこんな生活しているんだろうか。


「ねー、エマ?」
「ん?」
エマは私の向かい側でオムライス(卵の上に私がケチャップでハートマークを書いてやった)をつついている。
お皿の大きさが私のより2回り程小さいっていうのが乙女としては傷つくところ。
吸血鬼の食事といえば血を思い浮かべるけど、私は彼が血を飲んでいるところを見たことがない。




彼によれば。
吸血衝動が起こるようになるのは成人してからで、それまでは人間と同じように食物摂取で生活し、18歳で成人となってからは、必要な時のみ血を吸うらしい。
「そうでなければ、地球上の人間が消えるぞ」
…とも彼は言っていた。

それにしたって、彼が好んで食べて、しかもエネルギーとなりやすい食べ物が、
トマトやイチゴみたいな赤いものだっていうんだから、おかしい。
まぁ、それはエマに限った話らしいから、他の吸血鬼の好物がなんなのかは知らない。
たとえば今日のオムライスみたいな人間のご飯は、あまりエネルギーにならないので、食事というよりも趣味の域で。
リゼルもそれがわかっているからこのお皿のサイズ。

そんなことしてるから細いんだろうなぁ、とも思う。
女の私がうらやむ程、痩せてるんだ、エマは。




「王、ってなんのこと?」
それはさっきリゼルが口にした言葉。

「エマのことでしょ?」
「…なんだ」
こく、とアイスティーを飲んでから、エマは少し間をおいて言った。
「質問してこないから聞こえてなかったのかと思っていた」
「まさか。リゼルの変身にびっくりして聞くタイミング逃しただけだよ」

エマに関することを聞き逃したりするもんか。


「あれ、エマニエル様、まだ何もお伝えしてなかったんですか?」
「あぁ」
「いけませんね」
意外そうに目を丸くしたリゼルは、私のお皿を下げながら軽くエマを睨んでダメ出しした。

そして、何事もなさげに、
「エマニエル様はフランス王家の王となられるお方ですよ」
と言い放つ。

「…フランス…ぇ?‥えぇっ!?」
言われた私の方はそうもいかない。
危うくなみなみと入ったグラスを引っくり返すところだった。


「あ、もちろん、人間の国家じゃありませんよ?フランス国内の吸血鬼の王のことです」
問題はそこじゃないでしょ。
エマは外国のどこか身分の高い家柄の出だろうとは思っていたけど、まさか『王様』だとは思ってなかった。
てっきり王って言葉もリゼルの冗談か、それか吸血鬼特有の呼称か何かかと。



「ほ、ホントなの?エマ?」
「一応は、な」
面倒そうにうなずいて、エマはまたグラスに口をつける。
そんな何でもないみたいに言われても困る。
これじゃあ価値観やら生活観やらが違いすぎるじゃん。

「ただし、まだオレは“王”ではないがな」
「え?…あー、成人してないし、ってこと?」
「………まぁ、な」

さすがにまだ荷が重いとかってことなんだろうか。
でもどちらにせよ、いずれこの人は王になるのだ。
それも、フランスの吸血鬼を統べる、王に。



「すご…あ、ねぇ!初めて会った時、蒼の王家って言ってたじゃない?あれは?」
「えっ?蒼のやつらが現れたんですか?」
「いや、そうじゃない」
リゼルにゆるく首を振ってから、エマは言った。


3ヶ月前。
初めてエマに会った時、どういうわけかこの家の結界を破ってしまった私は、彼の誤解を受けて。
その時も確かに、王家という言葉を聞いた。

「蒼の王家はルーマニアを治めていて、オレたち翡翠と敵対している」
「ヒスイって?」
「我らフランスの王家のことです。どこにでも、合わない相手というのはいるものですから」

リゼルの言葉に納得。
いつの時代も国同士、王族同士の争いは絶えないし、身分の高い人にはそれなりの苦労もあるんだろう。
庶民の私には想像もつかないけれど。




「なんか…ますますファンタジーっぽいね」
ぼんやりしたままで、私はエマに向き合った。
「ファンタジー?」
私の思考回路に慣れていないリゼルは首を傾げている。

「娯楽小説とかのことですか?」
「こいつは、その手の話が好きなんだそうだ」
「そんなそっけない言い方しなくてもいいじゃん」
「事実だろう。事あるごとに言い出すから困っているんだ」

そうやって、これみよがしにため息なんてついちゃってさ。
意地が悪いったらない。

だって若干17歳の吸血鬼は、フランス吸血鬼王家の王様(仮)で。
その従者は変身が得意な男の子。
2人に関わっているのが私みたいな何の変哲もない女子高生じゃなければ、
これはまるっきりファンタジー小説か映画の世界だ。




「fantasy、か…オレにはそんなに夢想的な世界だとは思えないが」

その言葉の裏の彼の気持ちなんて気付かずに、

「んもー、そんなこと言ったら夢がなくなるじゃん!」
なんて言って、私は笑った。




「カオリさん、デザートもいかがですか?」
「え!デザートまであるの?うれしーいっ食べる!エマは?」
「オレはいい」
「本日はイチゴムース、木苺のソースがけでございますが?」
「もらおうか」
「あはははは!エマってば単純っ」
「やかましい」



それは、おだやかすぎる、午後。







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