日本の夏は、暑い!


glaring phrase 04




8月も半ばを過ぎた。一向に気温が下がる気配もなく、今日も日差しがきつい。


「エマーっ!リゼルー」
呼び鈴を鳴らしてからこの家の住人の名前を大声で呼ぶ。
別におとなしく玄関先で待てばいいのに、2人に会うのが楽しみでじっとしていられない。


「ようこそカオリさん!こんにちは!」
「こんにちは、リゼル」
ガチャリとドアが開いて、飛び出して来たリゼルに挨拶をして。
笑顔の彼の手をとって居間へ向かうと、ソファの上で主がくつろいでいる。

「エマ!」
「来たか」
大好きな彼が、私に向けて片手を上げる。
この光景も、いつものこと。




リゼルがぱたぱたと台所へ走って行った。
たぶん私用の飲物でも用意しに行ってくれたんだろう。
私はすっかり定位置となったソファに腰かけてそれを待つことにした。

外の暑さとは別世界のような、ひんやりとした空気が気持ちいい。

そういえば、この家で特別暑い思いをした覚えがない。
「この部屋にクーラーなんてあったっけ?」
「…しばらく来ないと思ったら‥」
開口一番それか?と苦笑されてしまった。


おととい部活の大会があって。
そのための準備や出場者決めに追われていたので、ここ2週間くらいこっちに顔も出せなくて。
私としては感動の再会!だったんだけど。
少しはエマも会えなくて淋しいとか思ってくれたり…したんだろうか?





「屋敷の中の温度や湿度はエマニエル様が管理なさっているんですよ」
案の定、グラスの乗ったお盆を片手にリゼルが戻って来た。

「へぇ…エマってもしかして暑いの苦手?」
炎天下を歩いて来た今の私にはちょうどいいけど、ずっと過ごすにはこの温度は涼しすぎる。
それなのにエマときたら平然と氷の浮かんだ飲物に手を伸ばしていて。
「暑さよりも、この季節が嫌いだ」
「夏が?」
「あぁ。太陽の力が強まるからな」



吸血鬼は太陽の光に弱い。
小説の中で吸血鬼が夜に活動するのもこのためだ。
吸血鬼によっては、朝日を浴びただけで身動きがとれなくなって消滅してしまう場合や、
そこまでひどくなくても、日中は暗いところで寝ていないとダメっていうのもいるらしい。
ヴァンパイアは棺桶の中で寝てる、っていうアレだ。
エマはこうして昼間も起きてるけど。
それが“王”だからなのか、小説がフィクションだからなのかは謎。

彼と過ごしていて、こういう疑問はよく浮かぶんだけど、以前程は気にならなくなってきた。
別に研究家でもないんだし、根掘り葉掘り聞かれるのも嫌だろうし。
第一、エマ個人と付き合っていく分には、彼に関する知識がほんの少しあれば十分だとわかったし。私にも心境の変化とやらがあったのかもしれない。





「ねぇ、エマって日本に来てからどっか出掛けた?」
「いや?」
予想どおりの返答。
私は今日、このために来たんだ。


「じゃあさ、今度の花火大会、一緒に行かない?」
「断る」
「えーっ!即答!?」

もう少し悩んでくれてもいいじゃない。
ぶぅ、と口を尖らせて私は抗議した。
もうちょっとこう、乙女のロマンを、さ。

「なんで?夜だし平気なんじゃないの?夏だからヤダ?」
それとも私とだから?とは、さすがに怖くて聞けない。


「花火大会ということは人出がすごいだろう?」
「あ、人混み苦手だった?」
「苦手というより、力を吸い取られるんだ」

初耳だ。
まぁ、デパートのセールにカノジョの付き添いで行った男友達も似たようなこと言ってたけど。
言われてみれば、エマは確かにそういうタイプの男の人だ。

「大体、オレが行ったら目立つだけだ」
確かに、人ごみの中でエマの銀髪は目を引くかもしれない。
そもそも、こんな超絶美形が歩いてたら絶対振り返る。

「エマって姿消したりできないの?」
「そうしたらお前、一人で喋っているように見えるぞ?」
それは困る。
会場にはきっと同じ高校の子も来るから、どこで見られているかわからない。
夏休み明けに変人扱いを受けるなんてごめんだし!

そりゃちょっとはエマをみんなに自慢したいって気持ちもあったけど、さ。




「なぁんだ、残念」
花火見たかったなぁ、とつぶやきつつ、私はグラスに口をつける。
中身は珍しく麦茶だった。
自分はほとんど食べないのに、リゼルは私のためにお茶とお菓子を用意してくれる。
今日の水ようかんも、なめらかで甘さも控え目。
きっと彼のお手製だ。

「リゼル、おいしいね、これ」
「あぁ、良かった。甘さ足りてましたか?」
「うん。ちょうどいい感じ」
和菓子屋さんで売っているのと変わらない気がする。


こうやってあたたかく迎えてくれているだけでも良しとすべき、なんだよね。
自分自身に言いきかせつつ、もう1口。
うん、おいしい。
やっぱりエマとデート気分を味わおうなんて甘かったか。




「花火なら、ここでやられたらどうです?」
突然リゼルがそんなことを言い出した。

「えっ!?いいの?」
「ここからなら花火大会のも少し見えますし。ね、エマニエル様?」

にっこり笑って了承を得ようとしてくれる。
どうもその笑顔が黒い気がするけど、今は私の味方なわけだし、見なかったということで。

「ねぇエマ、お願い!」
「カオリ、お前、家は?」
「そんなの友達と花火見に行くって言うから平気!」
嘘じゃないし。
泊まりなわけじゃないから、親だってそんなにうるさく言わないだろう。


「……勝手にしろ」
ふいっと横を向きながら、ついに彼は折れた。
「やったぁーっ!!ありがとう!」
私は根が単純だから、もうものすごくうれしくて。
リゼルにお礼を言って、それから鼻歌なんか歌いながらさっそく計画をたて始めた。







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