glaring phrase 05


「リゼルって昼間に外歩けたんだね」
「えぇ。僕は吸血鬼ではありませんから」
「…じゃあ何?」
「黒蜥蜴です」

あ。そうなんですか。
そんなにあっさり言われても、ねぇ。
友達が吸血鬼だっていうのも変だけど、かわいらしい少年の正体が爬虫類っていうのもどうかと。




ぎらぎら照りつける太陽の下を、私はリゼルと2人で歩いている。
早くも3日後に迫った、
エマに日本文化を伝えつつ私の魅力もアピールしちゃおうぜinサマー(今思いついた)
のための買い出しからの帰りだ。

当のエマはこんな日差しの中を歩いたら死にそうな感じだったので留守番中。
一応誘ってみたら「ふざけるな」と一蹴されて、乙女心は今日も傷ついている。



「けっこう花火そろってたね。安かったし」
「いろんな種類があるんですね。驚きました」
2人ともスーパーのビニール袋を提げていて、私の方には花火、リゼルのには飲物や食材が入っている。 どう考えても彼が持ってる袋の方が重いし、子供(見た目は)に荷物を押しつける女子高生というのはあまり微笑ましい図とは言えないので、何度も交換しようとしたのにちっともゆずらない。

これくらいの重さには慣れているから、と言う。
驚いたことに彼は人間と同じくスーパーで食材や日用品を買うらしい。
趣味程度とはいえ一般食を口にする主人のために、
この小さな男の子がおつかいをしていると思うと健気さに胸が詰まる。
少しは動きなよ、エマ。




「ところでカオリさん」
「なぁに?」
スーパーから少し離れた道の途中、前を歩くリゼルがふいに振り返った。

「つかぬことをおききしますが」
「ホントに何?急に」
「エマニエル様と、どこまでのご関係なんですか?」

ドスッ


私の左手からあっさりとビニール袋が離れていった。
当然、花火セットは地面に叩きつけられる。
あぁ、リゼルの荷物の方じゃなくてよかった。
…なんて言ってる場合じゃない!

「ちょ、何言ってんの!?リゼル!」
思いきり慌ててしまう。
いや、慌てる理由なんて(悲しいことに)これっぽっちもないけど。

ダメだ。こういう話は苦手だ。

他人のコイバナを聞くのは大好きだし、噂するのも楽しい。
友達カップルがくっついたり離れたりしたら思いっきりからかってやるし。
とはいえ、それが自分のこととなったら話は別。
この前部活でからかわれた時もそうだったけど、意味もなくパニック状態になる。


「ヤダなぁ!なんもないよっ」
リゼルの肩を軽く叩きながら言ってみた後で、触ってみた自分の頬はひどく熱い。
何を照れてるんだろう、私は。
エマとは照れるような関係でもないじゃん。



「何も…ないんですか?」
「ないってば!」
納得いかないとでも言いたげにリゼルは首を傾げた。
そんな顔をされてもないものはない。
どうしてこんなに必死に片思いの現状を伝えなきゃならないんだろう。
ほんのちょっと泣きたくなってくる。

「本当に?そんなわけはないと思いますが?」
今日の彼はやけに食い下がる。
いつもはただ笑顔で私を慕ってくれるのに。


「今日はどうしたの?大体ねー、リゼル。“どこまで”って何よ。私になんて言わせたかったの?」
これが近所の小学生が相手だったら、
「このマセガキ!」って怒鳴っていたかもしれないけど、リゼルは特別だ。
そのかわいさに免じて特にやらしい意味は含まれてなかったと思っておこう。

最近私は、エマの従者だからとかは関係なく、この少年のことが好きでたまらない。
うん、なんか、かわいい弟ができたように感じかな。




「それが本当なら……あぁ‥それで」
しばらく呆然としていた彼は、やがて一人で納得してしまった。
私の方はわけがわからない。

「ちょっと、何があぁ、よ。リゼル?」
「……あぁ、いえ、別に」
「人に変な話題振っておいて別に、じゃないでしょ?何なのよー?言いなさいってば」
身長差を活かしてリゼルを覗き込むと、仕方なく、といった様子で彼は白状した。


「…あの、ですね。
 そういえば‥カオリさんの生活ぶりを見ていてもそんな様子がなかったな、と思いついて」
「どういうこと?」
「エマニエル様のお相手のことを王家の方々にお伝えしようと思ったものですから」

そう言いつつリゼルは地面に落ちたままだった花火セットを拾い上げる。
上目づかいな瞳に少しばかりの反省の色が浮かんだ。



「え?何それ?…リゼル、あなたずーっと私のこと見張ってたの?」
「すいません」
「いつから?」
「6月の始めに、エマニエル様のもとを訪れる女性がいると情報が入ったので…」
「それからずっと?」
「…申し訳ありません」
「謝るくらいならやらないでよ。そんなストーカーみたいなこと」

なんだか私は怒るよりも呆れてしまっていた。
確かに私が誰かからの視線を感じ始めたのもその辺りからだ。
そう頻繁なわけでもなかったから、気にしてなかったけど。



「ストーカーって…!」
心外そうに声を大きくして、リゼルは私に詰め寄った。
「王の婚約者となられる方なんですよ!?これくらい…!!」
「は?」
いつの間にか立場が逆転して、彼に迫られていた私の口からは何とも間抜けな声が出た。



コンヤクシャ?

「えーっと…蒟蒻?」
「何ふざけてるんですか!?」

とりあえず身近な言葉に置き換えてみたら、ますます怒鳴られてしまった。
さすがに私も“コンニャク”はないだろうと思ったけどさ。
だからといってそうやすやすと飲みこめる話ではない。
婚約者、と言われても。
そりゃあ、身分の高い家柄では今でも許婚が決められていたりするし、
ヨーロッパに限ったことじゃないだろうけど。


「だってエマってまだ17でしょ?」
いくらなんでも早い。
男は18歳にならなきゃ結婚はできないんだぞ!…ってこれは日本の場合だけか。




「ご存知ないんですか?吸血鬼の成人は18歳です」
「それは聞いてるけど」
「吸血鬼は18歳になると同時にパートナーとなる者の血を吸います。
その儀式は、人間で言えば結婚式のようなものなんですよ」


そう告げたリゼルの静かな声音を私は信じられない思いで聞いていた。

以前エマが話してくれた吸血鬼の成人とはそういうことだったのか。
私はてっきり日本の成人のように決められた年齢さえ迎えれば済むのだと思っていたし、
儀式といったって、成人式みたいに形ばかりの式典と、
あとはドンチャン騒ぎくらいしか想像できなかった。



「エマニエル様は今年17歳。次の誕生日までにパートナーをお決めになられます」


少し太陽の光を浴びすぎたんだろうか。
眩暈がする。




「僕はカオリさんを選ばれたのだと思っていました」
けれど、とひと息置いてからリゼルは悲しそうに肩を落とした。

「王は…エマニエル様は、何もお伝えしていなかったんですね」



そう。
それは現時点で、エマに私をパートナーにする気がないことの証明だ。
でも、私には当然のことと言えた。


3ヶ月前にエマに出会って、私が勝手に恋をして。
少しでも彼のことを知りたくて、近づきたくて。
やっと近ごろ、普通の友達みたいなやりとりができるようになった。

それでよかった。いいと思ってた。

少しずつ少しずつ、温めていくはずの恋だった。
エマがいつか振り向いてくれるまで。
その手を差し出してくれるまで、何年かかったってかまわなかった。



あぁ、なのに。
タイムリミット付きだなんて、聞いてない。






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