いっそ、ここへ来るのはやめにしようかと思った。


glaring phrase 06




一昨日リゼルに聞いたところによれば、
エマは17歳のうちにパートナー(つまりは婚約者のようなもの)を決めるらしい。
リゼルには予想外だったようだけど、
出会ったばかりの私がその候補でなかったのは当然のことで。

だけど、エマのことが好きな私としては、やっぱりけっこうショックだった。
3ヶ月前に比べて彼の表情とか態度がやわらかくなってきていたから、なおさら。



どうせ叶わない恋なら捨ててしまいたい。
自分の前に続く道が、塞がっているとわかっているなら、
進むことになんの意味があるんだろう。
傷つくくらいなら、3人での花火の計画もなしにしようと思った。
私が勝手に言い出したことだけど、エマともリゼルとも、お互いに気まずい思いをするよりはマシだろうから。


でも。


気付いてしまった。
私はまだ一度も、彼に「好き」と言っていない。


初めて会った時から私はずっと彼に恋していたんだけれど、
そんなことを口に出したことはなかった。
もちろん、
一緒にいる間はものすごく楽しかったし、
私なりにアピールしてたつもりだったし、
(悔しいことに)女慣れしていて、
それに何より、聡い彼は気付いているかもしれないけど。


(傷つく権利なんかない)
自分の気持ちも告げていないくせに、何を一人で悲しんでたんだ。


吸血鬼に蜥蜴の従者。
あまりにも非日常的な出来事に慣れることが大事だったし、
彼らと友達としての関係をきちんと築きたかった。
理由を挙げろというならば、それらしいことは確かに言える。

でもそんなのは全部後付けで。

ゆっくり、いつか、何かの機会に伝えることができると思っていたんだ。
例えば、バレンタインとかのイベントに便乗するとか。

(バカだよね、私)

いつから勘違いしてたんだろう。
彼は私の周りの高校生とは違うのに、いつから私の基準で彼のことを計っていたんだろう。

こんな私に、傷つくことも、
まして彼から逃げ出すことなんて許されるわけがない。



…っていうか!
ウジウジするのとか性に合わないんだよね。
なんていうか、スポーツバカだし?(いや、言うほどテニスができるってわけじゃないけどさ)

それにファンタジー小説のヒロインは、
たいてい、悩んだりする間もなく戦いの中に巻き込まれたりするもので。
しかもその中で割りと大胆な行動に出たりする。


だから私は、ここへ来たんだ。






古めかしくも小綺麗な洋館。重厚なゲート。
初めて来た時に咲いていた白い花はなくて、植え込みには青々とした葉が茂っている。

大好きな場所。
大好きな人がいる場所。
もしかしたら今日が最後になるかもしれない。
そんな覚悟をして、来た。




ゲートを越えて、私は深呼吸をした。
そっと呼び鈴を鳴らす。
(笑顔も明るさも5割増しで!)

「エマーっ!リゼルっ!来たよー!!」
リゼルの出迎えも待たずにドアを開けると、ちょうど廊下を走って来たところの彼と目が合った。
「カオリさん!」
「こんにちは!リゼル」
相変わらずきらきらとした笑顔の少年の頭を撫でながら挨拶をする。
くすぐったそうに笑うリゼルはいつも通りで、
もしも彼とギクシャクしてしまったらどうしようと思っていた私は密かに安心した。

「エマは?」
「居間のソファに…」
「オレならここだ」
じゃれていた私たちの前にいきなり現れると、彼は私が持って来た荷物を取り上げた。
そういうジェントルマンな仕草が無駄に私をときめかせるんだから嫌になる。


「なんだ?この大荷物」
「あー、うん。やっぱ花火するからには必要かな、って」
エマがいぶかしげに掲げたのはデパートの紙袋。
見た目は大きいけど、そんなに重くはないはずだ。
「なにが必要なんだ?」
聞き返す彼の服装は、ブラックインディゴのデニムに白と黒のTシャツの重ね着。
モノトーンでまとめてオシャレなのは認めるけど、この時期にTシャツ2枚はまだ早い。
いくら夕方でも、日本の夏の気温をなめちゃいけない。


「まぁたそんな暑苦しい恰好して。ね、ソレ着て!」
エマが持っている袋を指さして笑ってみせた。

暑苦しい、と言われてムスッとしながら中身を覗く。
視線の先には浴衣が3着。
1着は私、あとはエマとリゼル用だ。
男ものとはいえ、帯から草履まで全部揃えたら相当な値段になってしまって、
結局自分用に新しい浴衣は買えなかったけど。

「…これは?」
「ユカタ!」
フランス出身の彼はわからないだろうと思って説明したら、
そんなことは見ればわかる、と言われてしまった。
全く、人に対して感謝とかが足りないと思う。
まぁそれも以前に比べればずいぶん良くなったのだけど。



以前に比べて、か。
(3ヶ月も一緒にいたのにな…)

あぁ、やっぱり今日はダメだ。
気を抜くとすぐ気落ちする。



暗くなりそうな気持ちを無理に押し上げて、私はエマと目を合わせた。
「なんか無理言って花火させちゃったから、プレゼント」
だからちゃんと着てね、と念を押して。
実際、もともと少ない私の貯金は残高ギリギリだし。

エマの浴衣姿のための出資なんだから。
「あぁ、わかった。ありがとう」

結果としてエマがそう言わざるを得ない状況に持って行ったところで、文句は出ないよね。







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