glaring phrase 08




「よぉーしっ!花火やろっか!」

気を抜いたら本当に泣いてしまいそうで、私は無理に大きな声で言った。
慌てて涙を引っ込めて、1本目を手に取り、火をつけた。



「ほら、リゼル。私のから火ぃ取っていいよ」
言いながら火の粉を吐き出している花火を差し出す。
ロウソクとかを置いておけばいいんだけど、何度やっても立たなかったから直接火を分け合うことにした。

聞けば、エマもリゼルも花火をするのは初めてなんだそうだ。
彼らが暮らしていたヨーロッパでは打ち上げ花火が主流で、
しかも冬にやるのが一般的だから、
“夏の風物詩”といった私の言葉を理解できなかったらしい。


「わぁっ!見て下さいエマニエル様!炎がピンク色ですよ」
「おい、こっちに向けるな」
リゼルは嬉々として近づくけど、そのたびに火の粉がエマに飛んでいる。
普段冷静なエマが花火を避けようと慌てているのが面白くて、私も参戦することにした。


「カオリ!お前一度に2つも持つな!」
「あ、カオリさん、僕にも下さい」
「いいよー」
「リゼルにまで持たすな!」
「んもー、うるさいよエマ。さぁて私は3本目ぇ〜」
「子供か!お前は」


なんだかんだと毎年、友達とやっているけど。
それでも花火を手に持つと気分が盛り上がってくるもので。
エマが完全にツッコミ役になっているのもおかしくてしょうがない。


「あーっ消えちゃう!リゼル、火!」
「ダメです!僕のも消えちゃって」

はしゃいでいるうちに消えてしまったから、エマの花火から火をもらおうとしたのに。

「「エマ(ニエル様)!」」


ジュッ


私たちの目の前で、彼は燃えかけの花火をバケツに突っ込んだ。
「あー!もったいなぁーい!」

「…カオリ?」
いつにも増した無表情でエマは私の頭をガシッとつかんだ。
その瞳に優しさは見受けられない。
「ごめんなさい」
「わかればいい」

なんだろ。
さっきまでの甘い感じの雰囲気は、気のせい?
ちぇ、とつぶやく私をこつりと小突くエマ。


そんな様子を見て、リゼルはクスクス笑っている。
「ちょっと何なの?リゼル」
「いえ、やっぱり仲がよろしいんだなぁと思いまして」
全くもう。
ついこの間私をヘコませた張本人のくせに。

形だけ怒った素振りをした私に、リゼルは首をすくめて残りの花火を差し出した。
「花火大会が始まってしまいますよ。それまでにこの袋だけでも終わらせましょう?」



テラスから花火が見えるらしい。
住宅地だからスターマインみたいな海面間近のものは見えないけど、
隣りの家との隙間から打ち上げ花火なら見えるはずだと近所のおばさんから聞き出していた。
こういう時は、リゼルが案外人間社会に馴染んでいるのが役に立つ。



「今度はおとなしくやりますか」
「最初からそうしろ」
エマの軽い睨みを受け流して、私は改めて花火に火をつけた。
さっきのような馬鹿騒ぎはしないで、ただ流れ落ちる光の色を見つめていると、
急にすっとその流れが遮断され、消えた。

「エマ!何すんの!?」
「仕返しだ」
ふふん、と鼻をならして勢い良く燃える自分の花火を見せつけてくる。
一方私の花火は無理に火を奪われたから、まだ火薬は残っているはずなのに惨めな姿になってしまった。

「陰っ険ーっ!あ、そう!そっちがその気なら…」

おとなしくするのなんてやめた。
思いっきり騒いで、私の火を盗ったこと後悔させてやる。

「リゼル、6本まとめてちょうだい!」
片手に3本ずつ、一気に火をつける。
「欲ばり過ぎだ」
「誰がそのまま持ってるって言ったの?」
ぐるり、腕を回すと光の軌跡が夕闇に浮く。
6本とも種類が違うから、色もそれぞれ違うし、火花の形も違う。

「ね!ほら、キレイでしょ!」
「わーっ僕もやりたいです!」
「こら!おい!2人して向かって来るな!!」





一度テンションが上がってしまえばそうそう下がるわけもなく、
多めに買っておいたはずの花火はきれいさっぱりなくなってしまった。

「あはは!なくなるの早いねー」
「誰のせいだ、誰の」
もはや笑うしかない私の隣りで、エマはため息をついた。

そんな呆れなくてもいいじゃんか。


散らばったゴミをみんなで集めて、バケツの中の燃えカスもまとめた。
もうじき7時半。
花火大会が始まる前に済ませよう、って話になった。
終わってからだと私が面倒がっちゃいそうだったからね。

「ひとまずバケツ換えて来ますね」
「あ、ごめんリゼル。私行くから…」
「スイカも切って持って来ますし、お2人で残りの花火でもしてて下さい」
働き者のリゼルはそう言うと小さなバケツを1つ残して家の中に戻っていく。
散々騒いでいたのは私だったし、結局いつもリゼルを働かせてしまって申し訳ない気がする。
パタパタと遠ざかる草履の音を聞きながら、私はエマにどうしようか、と尋ねた。


「待つか」
テラスの端に座る彼を見て、私は残りのビニール袋を引き寄せた。

「じゃあ、それまで線香花火でもしてよっか」







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