glaring phrase 09




「これも花火なのか?」
紅色のこよりをつまんで、エマは不思議そうに言った。


「そうだよ。さっきのに比べたら派手さに欠けるけど」
「派手になったのはほぼお前のせいだがな」
何となく目が冷たい気がするけど、気のせいということで。
気まずい空気をごまかすように、ライターの火をつけた。

「はい、エマ」
「ありがとう」
「いーえ…って、あ!逆!!」
「逆?」

エマが近づけてきたのはこよりのビラビラしている方だったから、
私は慌てて火を遠ざけた。
「もー、火薬はこっち。あー危なかった」
確かにちょっとわかりにくいけど。
真顔でこういうボケかますんだもんなぁ。




小さく火薬の弾ける音がする。
パチパチと花が咲くように光って、すぐに散る。

さっきの騒ぎが嘘みたいだ。
わざとテンション上げてたところもあったから(半分は地だったけど)
今は妙に落ちついてしまっている。
なんだろう、このしんみりした空気。


「静かな花火だな」
「ね。なんかさ、夏らしくないよね」

ずっと不思議だった。
こんなに暑くて、ぎらきらと何もかもが輝くような季節に、
どうしてこんな淋しげな花火があるんだろう。
大きなものも色鮮やかなものも、たくさんの種類が溢れているのに。
それでもみんな、最後は大抵コレをやる。

こんなに切なくって、淋しい光を、
どうして私たちは見つめているんだろう。




「何があった?」
小さく息をついた私をエマが覗きこんでいた。
長い前髪の隙間から、おだやかな緑色が見える。

「え?」
「今日はずっと様子がおかしいぞ」
気付かれちゃったか。
そう思う反面、見ていてくれたことがうれしい。
やっぱり優しいんだ。

ただ…その優しさが恋に繋がるかは別として。




「ねぇ…エマ…好きな人、いないの?」
「…は?」
なんだいきなり、と眉をひそめた彼の手元で、光の玉がぽとりと落ちた。

「あーあ、落ちちゃったね」
そう言って彼に新しい花火を渡し、火をつける。
自分のにもつけようとしたら、彼が代わってくれた。

「だってエマ、来年の5月までにパートナー決めなきゃいけないんでしょ?
 ずーっと一緒に暮らす相手だもん。好きな子じゃなきゃ嫌じゃん」
「…どうしてお前がそのことを知っているんだ?」

再び私の顔を覗いてから、訊くまでもないか、とつぶやいた。
「リゼル、か。…仕方ない奴だな」


ドン…ッ

遠くで花火の上がった音がした。
大きな音の後に小さめの音が細かく続く。
今年の花火大会は水中花火でスタートしたらしい。
「始まったみたいだね」
ふっと目を上げたとたん、ヒュルリと音をたてて光が空へ昇っていった。
パァアンッ
鮮やかに輝く、大輪の花。

「あ、見えた」
「あぁ…綺麗だ」
つぶやいて、エマは呆けたように空を見つめている。

うっすらと煙が残る中、新しい光が昇り、今度は真っ赤な花が咲いた。
西洋の花火はもっと色がどぎつくて、ひたすら派手なんだと前にテレビで見た気がする。
日本人特有の間とか、色彩感覚とか、そういうのが新鮮だ、と笑った。
(なんだ。この人も純粋に楽しんだりするんだ)

胸がキュッと痛む。
切ない、ってこういう気持ちなんだろうと実感するくらいに。


今しかない。

そう思った。
リゼルがこの場を去ったのも、チャンスを与えてくれたのかもしれない。





「あの、さ」

改まった声で呼びかけると、彼は軽く目を見張って、それからすぐに視線を私に合わせた。
「エマっ…私ね、エマのこと…」
「オレはパートナーを作る気はない」

私が肝心なことを口にするより早く、エマが言った。
突き放すような、決意に満ちた声で。


「なん…で?」
「吸血鬼としての寿命は5、600年。王ともなればその倍だ。オレはそんなに生きたくない」
「だからって成人儀式しなけりゃ済むってもんじゃないんでしょ?」
「それはわからないだろう。前例もないしな」

自信たっぷりに言うけど、本気なんだろうか。
しかも、私の告白さえぎられたし。




「ねぇ…それでも…わた」
「カオリ」

また、さえぎられた。
今度こそ、はっきりと。
(…どうして)
言わせてもくれないんだろうか。
玉砕することも許されなくて、私はどうしたらいいんだろう。

彼がパートナーを作らないのなら、
要するにそれは恋人を作る気もないってことなはず。
つまり私は、彼にとって対象外だったんだ。

言われなくてもわかってしまった自分自身が何より悲しかった。



「…ずるいよ」
「自覚してるさ」
ふ、と自嘲してエマは目線を手元に落とした。
燃えつきた線香花火をくるくるといじる。

そのわずかな沈黙は、不思議と重くも暗くもなかった。
ただただ、静かなだけ。


「オレはパートナーはいらない」
「…うん、聞いた」
だからそんな、傷口を深くするようなこと言わないで。

「リゼルも家の者も皆、オレが恋人探しに日本に来たと思っているがな」
「でも、違うんでしょ?なんで日本に?」
「……さぁ、な」
いくつか理由はあるんだが、と曖昧に笑って、エマはまた顔を上げた。


「オレは…愛する相手の血を飲みたくないんだ。だから、パートナーはいらない」
「でも!血を飲めばずっとその人といられるんでしょ!?」

そうすればずっと、エマと一緒にいられるんでしょう。
私は思わず大声で食ってかかった。


そんな私を制するように彼の左手がすっと上がって、そのまま私の頬に触れた。
(冷たい…)
よく吸血鬼の体温は氷のようだと表現されるけど、
実際、彼の手はずいぶん冷たかった。
ただ、氷というよりはむしろ、寒空の下に何時間も突っ立っていた後みたいな、
冷えきってしまったような体温。


「お前はオレたち一族の抱える闇を知らないから、な」

そういえば、エマがこんな風に私に触れるのは初めてだ。
私は彼の冷たい甲に自分の手を重ねた。
さっきよりもしっかりと頬に触れられて、冷たさが増す。


「だって…エマ、そういう話してくれないじゃん…!」
「あぁ…そうだな…」
私のくだらない話に付き合うばかりで、彼の口から王家のことはめったに聞かない。
結局私は、エマに少しも近づけていなかったんじゃないか。



「オレはカオリをこちら側に引っ張りたくない」
「……」
「だが…」

そこで彼は言いにくそうに言葉を切った。
一瞬、間があって。


「それでも…お前はここに来てくれるか?」
「……え?」


意味が伝わって来ない。
どういうこと?



「私まだ…ここにいていいの?」
「オレたちと、過ごしてくれるか?」



それは何とも奇妙な問い掛けだった。
恋人にするつもりはないくせに私とは今までどおり過ごしたいなんて。
勝手だといえば確かにその通りで。
だけど、彼を好きな私に『NO』なんて答えはありえない。





「わぁー!始まってるじゃないですか!」
奥からリゼルの叫びが聞こえて、私たちはそっと離れた。



「ねぇ…エマ」
「なんだ」

「明日も来るよ。あさっても来る!」

宣言する私に、彼はそっと微笑んだ。
私が知る中で、最高に優しく。


「でも!」
これだけは言っておかなきゃ。

「私、パートナーのこと諦めたわけじゃないからね!」
告白はさえぎられてしまったけど、これで終わりにはしない。
そんなの納得できない。


「…言っても聞かないんだろう」

強情だから、なんて失礼なことを言いながら線香花火に手を伸ばす。
「当たり前じゃない!」
私はエマに向かって思いっきりうなずいた。



足音が聞こえる。
そちらに目を向けると、スイカを盛ったお盆を持ってリゼルが近づいてきていた。

私たちの会話は聞こえていなかった様子で
(パートナー作らない発言を聞いてたら血相変えて割り込んでたはず)、
でも和やかな私たちの雰囲気を感じ取って、ものすごく満足げに笑っていた。




彼の手の温もりを知った夏。







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