trasitional phrase 01



だいぶ日が短くなってきた。


夏休みに思いっきり遊びすぎた上に、学校が始まってからも当然勉強なんかしなかったから、
テストは大失敗(かなり笑えない状況だった)。
成績だって悲惨な感じだったけど、まぁいい。
もちろん母親は血相変えて怒ってたけどね。

そんなこと言ってる場合じゃないんだよ、お母さん。
こっちは本物の吸血鬼と日々を過ごしてるんだから、さ。
学校のテストなんかにかまっちゃいられないの!…なんて言えるわけは、もちろんない。




制服が冬物に変わってからもう1ヶ月ほど。
相変わらず私の足は彼らの家へと向かっている。

世紀の大告白!となるはずだったあの夏から2ヶ月以上たつけれど、
結局まだ二人の関係に変化はない。
なんとなくタイミングを逃がしてしまって、私としてはいまさら切りだにくいし。
もちろんあのエマが何か言ってくれるはずもない。

(「ここに来てくれるか?」……かぁ)
そりゃあ、あの発言が何だったのかは気になるけどさ。

あの夜に聞いた、パートナーを作らないという決意はやっぱりいまだに変わらないらしい。
どこかにカノジョがいるって素振りもなく、かといって私と親密になったわけでもない。
リゼルや王家の人たちが知ったら悲しむんじゃないかなとは思うんだけど、
どうもエマは頑固なタイプらしく、私としてもあんまりその話題に触れていない。





早くも夕焼け色に染まる空を見上げて、私は足を止めた。
さっきからずっと誰かに見られてる気がする。

(気のせい…じゃないよね)
一身に視線をあびた時のあの独特の居心地の悪さ。
気持ちが悪くって仕方ない。


実は、こういう体験は初めてじゃない。
時々こうやって監視というか尾行というか、とにかくあんまり褒められた行為じゃないことの被害にあっていたりする。でも直接何かされるわけじゃないし、いつもこうやって見つめられてるだけだから騒がないようにしてるんだけど。

ただ。
今日のといつものが違うのは、その気配が徐々に近づいてきていること。
視線を感じることはあっても、こんな風にひたひたと相手が距離を縮めて来るのは初めてだ。
(どうしよう…!)

これはいつもよりやばいんじゃない?
リゼルが手配してるやつとは別ものだとか?

どうしてリゼルが出てくるか、っていうと、あのご主人様を熱烈に愛している少年は、私がエマにふさわしいかどうかを判断するために以前私のことを見張っていたから。
ここしばらくの視線の主もどうせリゼルがらみだろうと高をくくっていたんだけど。


ここは開き直って振り返ってみるか。
いや、それともエマの家まで全速力で走って逃げるか。
彼の家まではあと少しだし、私だって一応運動部だ。
そんなに足が遅いわけじゃない…と思う。

不思議な感じだった。
足音はしないのに気配だけが伝わって来る。
それも刻一刻と、近くに。

多分走っても、振り切るのは無理だ。
私はそう直感した。
ぐっと肩にかけた学生カバンに力を込める。
「あーっもう!誰よ!こそこそと!」
知らないうちに追いつめられていた恐怖に、私はキレながら振り返った。


ぱらり。


何かが目の前を落ちていって。

「……え?」

辺りを見回しても怪しい人影なんて全くなく。
かといって猫とか犬とか、そういう“何か”の姿はなかった。
奇妙な圧迫感もきれいに消え失せている。

あったものといえば、足元の黒い紙のようなものだけ。
その紙の出現で、周囲の気配が何事もなかったかのように普通に戻ってしまっていた。
気のせい、で済ませてしまうにはあまりにもリアルすぎる感覚。
(さすがにエマに知らせたほうがいいかな…)



黒い紙を取り上げてみると、それは封筒で、中には手紙か何かが入っていそうだった。
封筒が真っ黒っていうのは珍しいというより、かなり不気味。
だけどその直後、私はさらにぞっとした。

裏返してみた封筒には、白いインクで私の最愛の吸血鬼の名前が記されていた。







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