trasitional phrase 02



「…で。どうしてお前はすぐにオレに言わなかったんだ?」


ここはエマの家の居間。
慌てて駆け込んだ私を迎え入れると、リゼルがなだめるかのように優しく紅茶をいれてくれた。
封筒のあまりの不気味さにすっかり怯えた私は、エマが誰かに狙われているかもしれない、と訴えた。ありのまま状況を伝える私の話を、彼らはただ聞いていて。

「だからすぐ来たじゃない!」
封筒を拾ってからまっすぐここに訪れた。
エマの身に危険が及んでからじゃ遅かったから。


「オレが言っているのは、お前が尾行されていたことだ」
「そうですよ、カオリさん。初めてじゃないんでしょう?」

私が本気で焦っているというのに、
2人が注目しているのは別のことらしい。

「だって…気のせいだと思ってたんだもん」
「何回か続いたら怪しいと思うだろう?」
「や…だって…」

呆れてるのか怒ってるのかよくわからないエマの口調に、私は言葉を濁した。
言っていいこと、なんだろうか。


「カオリ?」
「…だから、またリゼルが何かしてるんだと…」
私が小さくつぶやくと、隣でリゼルが息をのんだ。



「…おい?」
「申し訳ありません!」
これ以上は下がらない、ってところまで頭を下げている。
(あー、やっぱリゼル、エマに言ってなかったんじゃん)




エマと出会ってしばらく後のことだから、夏の始めぐらいだろうか。
私は誰かからの視線を感じた。
最初はストーカーとかそういう類いかと思って、怖いけど特に気にしていなかった。
勘違いかもしれなかったし。
いざとなったら警察に行けばいいや、とか思ったりして。
で、案外あっさり謎は解けた。
王の相手にふさわしいかを見ていた、と告げた時、リゼルはエマの指示だとか言ってなかったし。
そもそもエマがそんなことする理由もないし。

たぶんリゼルの独断でやったんだろうと思って黙ってたんだよね、私。




「あー…、ほら、エマ。そんなに睨まなくっても…」
リゼルが小さな体をさらに小さく縮こませているのがかわいそうになって、助け船を出してやった。
エマはそれはもう冷たい目をしていて、
私があんなの向けられたらショックで泣いてしまいそうだったから。

「ここのところリゼルが私を見張ってたのだって、エマを思ってのことなんだからさ」
あはは、とわざと明るく笑った私の行為を無にするように、リゼルはうなだれていた顔をガバッと上げた。



「カオリさん!そんなはずありませんよ!」
「え?」
「僕がカオリさんの様子を見ていたのは夏の始め…7月の頭くらいまでですから」
信じられない、といった様子で彼は言った。

「え…じゃあ…その後は…?」

夏休み中、そして秋に入っても時折感じていた視線は?
私がずっと、リゼルが誰かに探らせているんだろうと無視してきた気配は?



「カオリ…お前はオレ達の予想を遥かに越えて、奴らに目をつけられてしまったようだな…」
パニックに陥った私にエマが声をかける。

「…どういうこと?奴らって?」
「蒼の王家…だろうな」
「え、だって、エマを狙ってるって…」
「あぁ、奴らの狙いはオレだ」
だが、と言葉を切って。
「…巻き込んでしまったらしい」

そう言ってエマは深いため息をついた。
眉間にしわを寄せ、目を伏せて、もう一度息をつく。

「すまない。カオリ」

やがて向けられた翡翠の瞳には暗く陰が落ちていて。
私はエマの負担になっているのだと気が付いた。
涙が出そうなくらいの不安が押し寄せる。
ついさっきまでの脳天気な自分がうらめしい。

あぁもう、泣きたい。



「謝らないで、エマ。私は大丈夫だよ」


それよりも、ごめん。
迷惑をかけて、力になれなくてごめん、と言った。


だけどここで自分が何もしないなんて嫌だった。
安全に守られているなんて耐えられない。

「こうなったらファンタジーの醍醐味を思いっきり味わってやるんだから」
悔しいのも情けないのも全部引っ込めてニカッと笑ってみせると、リゼルは吹き出し、エマは呆れ返って口元を歪めた。






そうと決まれば、まずはこの封筒だ。
私はテーブルの上に置きっ放しにされていた黒い手紙を手に取った。

「何なの?コレ。エマ宛てみたいだけど」
「よく読めたな……あぁ、英語か」

エマは(失礼なことに)驚いて私を見て、
それから封筒の表を確認して、納得したようにうなずいた。
確かに白いインクで書かれていた筆記体は英語だったけど。
いや、でも“エマニエル・ミラ・アズリラード”くらいならフランス語で綴られてても読めたよ。
…たぶん。



「なんか脅迫状みたい」
思わずそんな考えが浮かんだのも無理ないと思う。
真っ黒で陰気なこの手紙が良い知らせとは思えなかった。
なのにエマもリゼルもそんなに気にしてる素ぶりを見せていない。


「そんなものじゃない。送り主の予想はついている手紙だ」
「知り合い?」
「あぁ…オレがこの国に来た理由の1つだよ」
レターオープナーで封を切りながら、彼はふっと笑みを浮かべた。
エマがこんな笑い方をするなんて珍しい。
よっぽど仲良い相手なのかな。

(女の人じゃ…ないといいな)
私がどうこう言えることじゃないけどね。


「変わってるね。真っ黒な手紙なんて」
「まぁ、死神だしな」
「…死神?」
さらっと言うけど、ずいぶんとまた非現実的な。
もちろん、目の前にいるのが吸血鬼と黒蜥蜴だってことを考えなきゃ、だけど。



「彼に日本におられることを伝えられたんですか?」
「あぁ。住所までは知らせなかったんだが…さすがの情報力だな」

紅茶をいれ直しながらのリゼルの言葉に私は内心ほっとした。
“彼”なんだって。

「…ほぉ、横浜に来るらしい」
「お呼びしたので?」
「いや、向こうも仕事なんだそうだ……おい、明後日じゃないか」
どうやら笑顔で書かれているらしい手紙の内容に目を通しながらエマはリゼルと会話している。
手紙の相手はリゼルとも面識があるんだろうか。




「カオリ、明後日、出掛ける予定はあるか?」
「学校に行くだけだけど?」
「そうか…」
一瞬デートのお誘いかと思ったけど、そんなわけもなく。
というか今はそんな状況じゃないしね。


「オレはこいつに会いに行って来るが…大丈夫か?」
「え?さみしくないかってこと?」
そんなのさみしいに決まってるじゃん。
言いかけて、そうじゃないことに気付いた。
さっきのストーカー(もしくは蒼の王家?)のことを言ってるんだろう。

「だぁいじょーぶ!そんな長くいないってわけじゃないんでしょ?」
「2日くらいのつもりだ」
「だったら平気だよ!」
たった2日なら、そんなに真剣な顔しなくても大丈夫だと思う。
案外エマってば心配症だなぁ。

ま、それだけ心配されてるのもうれしかったりして。


「カオリ、あまりオレ達の同族をなめるなよ?」
余裕の笑みの私に反して、エマは表情を曇らせている。

そもそもエマの明るい晴々とした笑顔なんて見たことないけどね。









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