trasitional phrase 04



今日はできたら学校へ行くべき日だ。

2時間目の現国は漢字の小テストだっていってたし、
4時間目の化学は前回めちゃくちゃ寝てしまったからノートを写させてもらいたいし。

…だけど。
あんな目にあった翌日に普通に登校したんじゃ橋本香織の名がすたる(気がする)

昨日リゼルに送り届けてもらってから、エマによって自分の家にかけられていたという結界を探ってみたけど、当たり前だけど何もわかりはしなかった。
ただ、時間が立てばたつほどに、自分の迂闊さが悔やまれるばかり。
後は…そう。
彼らにどうやって謝罪しようか…とか。




「カオリさん!?学校は?」
「サボった」

当然といえば当然の流れで、私は彼らの屋敷の居間にいた。

学校に行って来ると言って家を出てきたから制服のまま。
でもまぁ、いっつも学校帰りに寄ってるわけだから特に問題なし。
高校だっていまどき生徒のサボりくらいで家に電話しない…よねぇ…
一瞬不安な考えが浮かんだ。
実は厳しい家なんですよ、うち。



「お前な…時間を考えないか?」
主はソファに体を預け…というより半分以上埋もれた状態でうめいている。

時刻は9:00すぎ。
決して非常識な時間帯じゃないはずだよね。
朝の光がさんさんと降り注ぐけど、もちろんこの部屋には日光は入らない。
それでもやっぱり吸血鬼にはキツイらしく。

「だって前にも昼間、遊びに来たじゃん?」
「昨日オレは日中を歩き回されたんだ。疲れが抜けてない」
そんなこと言われても、ねぇ。



「ねぇ…昨日のことなんだけど」
しばらく待っても気だるそうなエマの態度は変わらないようなので、(酷いようだけど)さっそく今日の本題に入ることにした。
彼はいつにも増して顔色が悪いけど、リゼルも特に慌ててないから大丈夫だろう。
エマの身にホントに害があるようならこの従者が黙っているはずがない。


「そのことならリゼルに聞いている」
「あ、うん。あの…ごめんなさい」
得体の知れない(でもたぶん吸血鬼)男に襲われて。
リゼルが助けに来てくれたからよかったものの、あのまま拐われたりしたら、迷惑どころの騒ぎじゃない。
エマの身にも危険が及んでいただろう。

「だから吸血鬼をなめるな、と言ったろう」
抑揚のない口調に、びくりと肩がはねる。
「ごめん」

なめていた、つもりはないんだけど。
吸血鬼がホントは恐ろしい存在なんだって認識はあった。
だけど。
なんだか自分と近しいものみたいな気になってたっていうのも否定できない。
理由はもちろん、エマとこんなに親しい間柄になれたから。


「本当にごめん…あのまま私が連れてかれちゃったらエマにも大変な思いさせちゃってたね…」
あの男は私の様子をよく知ってたみたいだった。
ということは私が入り浸っているこの家のことも、下手したらエマ達の生活も、把握されていたかもしれない。
もし、あいつを捕り逃がしていたら、彼らの日常はきっと乱されていただろう。


「カオリ、何か勘違いをしていないか?」
「ん?」
「オレが、自分たちの生活のことを言っているとでも思っているのか?」
「…え、だって…」
顔を上げた私を、彼のまっすぐな視線が射抜く。

「………怒っていいか?」
口ぶりは疑問形なのに、エマの眉間には深々と皺が刻まれている。

「エマ?」
「オレたちは、蒼の奴らがいくらかかってこようと大した問題じゃない。
 だがな、お前は違う。お前が、傷ついてからでは遅いんだ」


いつもみたいな拗ねた言い草じゃない。
本気で言ってくれてるのがわかる、その言葉。
感じるのは、彼の怒りじゃなくて。


「ねぇ…心配してくれてたの?」
むしろ、溢れんばかりの優しさ。


わかってた。
エマが私を案じてくれてたことは。
そんなのはずっと前からわかってた。

でも、こんなに。



「それ以外に…何があるんだ」

呆れたみたいな息を吐きながら、エマは私を見た。
相変わらず冷たいような、そっけないような態度だけど。
その瞳が苦しげに、切なげに、ほんの一瞬だけ歪められたことに気付いてしまった。


どうして、と訊いてはダメだろうか。


エマの優しさも思いやりもわかってた。
ちゃんとわかってたんだよ、ずっと。
ただ、ずっとずっとわからなかったこともある。
どうしてこの人は私に優しいんだろう。
私はエマにとって、友人ぐらいにはなれているのかなぁ…ってそれくらいの自身というか自惚れみたいなものはあった。
それはさ、半年も過ごしてきたわけだしね。
だけど、私は強欲だから。
それだけじゃ満足できなくて。
ただの友達じゃ、切なくって仕方なかった。

だから。
こうやってふいに、ポーカーフェイスを崩されると困る。

私がファンタジー好きの変な女子高生だから興味を持ってくれたの?
優しくしてくれるのも、心配なのも、トモダチだから?

それとも…

出会った初夏から、
曖昧にぼかされたままのあの夏から、
少しは進展したんじゃないかと思ってしまう。

(ばかだなぁ、私)
いつだって後悔するのに。
自分と彼の差に愕然とするくせに。


どうしてこんなに好きなんだろう。





「…で、話を聞きたくて来たんだろう?」

うつむいて考え込んでいた私に、そっと声がかけられた。
着替えてくるから待っていろ、
そう言ってエマはのろのろとソファから立ち上がる。


「え…」
「長い話になる。こんな格好ではオレの方が気分が悪い」








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