trasitional phrase 05




「ストーカーの、『吸血鬼ドラキュラ』を読んだことはあるか?」

パリッとした白シャツに着替えて、リゼルに紅茶をいれさせて。
気だるい空気はそのままで、エマが口にした第一声はそれだった。

昨日、それとここ最近、私の周りで起きてる妙な気配やら何やらが、蒼の王家というもの関連なことは、エマ達の様子からわかった。
けど私には、その“王家”とやらがよくわからない。
「つまるところ、アオノオーケってなんなの?」
そのことを聞くために朝から来訪してるわけで。

「ストーカーって、ブラム・ストーカー?イギリスの?」
「お前のことだ。読んでるだろうな」
訊くまでもなかったか、と苦笑するエマに頷いてみせる。

読んでいますとも。
ファンタジー好きじゃなくても、映画とか…なんらかのかたちで知っているんじゃないだろうか。
「どんだけメジャーな作品だと思ってんのよ」
世の中の吸血鬼のイメージはあの本から構築されたようなものだ。


「あの話はフィクションだと思うか?」
「え?…あー……」
彼の問いかけに、思わず詰る。



トランシルバニアの伯爵であるドラキュラが、血を求めて現れた先のロンドンで、ヴァン・ヘルシング教授らによって退治される物語。

いかにもな設定。
主人公と怪物とのアクション。
王道ともいえる超有名怪奇小説だ。



以前だったら、創作小説だと信じて疑わなかっただろう。
そりゃ、憧れてはいたけど。
でも…

「わかんない…もしかしたらストーカーも、接点があったかもしれない」
モデルとなるような存在や現象はあったんじゃないか。

だって、ほら。
吸血鬼は決して想像上の生物ではないから。
「お前もオレと出会っているし、な」
そう言ってエマはカップに口をつけた。




「あれは、な。ほとんどが作者の想像とルーマニアに残る民俗伝承から構築された物語なんだ。
 ただ、その背景には、確かに吸血鬼の存在があったらしい。
 あの地には古くから栄える吸血鬼の一派がいた」

敵の話をしているというのに、やけに淡々とした口調でエマが語り出した。

「物語というよりは研究書に近い程、吸血鬼について詳しく書かれているだろう?
 B.ストーカー本人が吸血鬼と接触があったのかどうかオレは知らないが、
 それでもあの地域の種族の特徴は、ほぼあの通りだよ」

吸血鬼は、その地域や慣習の違い、
または周囲の民族性の違いなどで、それぞれ違いがあるという。
弱点であったり、しきたりであったり、相当な差があるらしい。



「ね、でもさ。ドラキュラのモデルってヴラド・ツェペシュっていう実在の伯爵じゃないの?」
「あぁ…ワラキアの串刺し公ですね」

私の質問に、今度はリゼルが相づちを打った。


「けれど彼も、見方を変えれば英雄ですからね。
 処刑のやり口が酷いかったことは事実でしょうが、
 それもやられた側がどのように記録してきたかは定かじゃない。
 オスマン帝国の侵略に抗い続けたのもまた事実ですし」

「確かに残忍な男だったようだが…
 歴史上にはオレたち以上に血を好む人間の名が多く残っているからな」
というよりは、そういう人間こそが歴史に名を残しているんだろう。


なんともいえない表情を浮かべつつ、エマはやんわりとヴラド・ツェペシュ伯爵が吸血鬼であった説を否定した。



彼らの言っていることは、文面的にはわかるんだけど。
でも、まだその背後には私なんかには理解しきれない思いがある気がして。

「まぁオレも生きていたわけではないからな。人から聞いた話だが」

そりゃ、ね。
こう見えても(失礼)17だもんね、エマ。





「それと蒼の王家とはなんの関係が?」
「奴らは、“吸血鬼ドラキュラ”の一族だ」
「……え?」

言葉の意味が理解できない。
だって今、ほとんどがフィクションだって言ったばっかじゃん。
しかも小説の中でドラキュラは倒されているはずだ。
それに…

「だって…エマ、あの小説、出来てから100年くらいしかたってないよ?」
「ああ…まぁ、それはそうなんだが。
 なんと言えばいいかな…奴らの存在があの物語の原型であり、…しいては、あの地域の吸血鬼伝承の源なんだ」
「それ…って…」
実在する吸血鬼の一族のことが世間に流布したということだろうか。
こんな、あまりにも一般的すぎる形で。


「ドラキュラは…いるの?」

いまも。
現在ですらも。
吸血鬼の寿命を考えれば、ありえない話じゃない。


「いや、奴らの祖がドラキュラなんだ。
 あの一族の歴史は長い。さすがに生きてはいないさ」
「祖、って?」
「ここからは僕がお話しましょうか」

首を傾げる私に、リゼルが声をかけた。

「吸血鬼にも人間と同じように勢力区分がありまして。
 それぞれの地域で力を持つ者やその一族が他の吸血鬼を統括する
 …それが王家だったり、首長だったり、その形式はさまざまなんですが。
 そんな権力者を決めるのも、世襲制だったり、単純に能力重視だったり、まちまちです。
 エマニエル様の翡翠の王家も、また蒼の王家も世襲制ということになっています」

ここまではいいですか?
すらすらと述べた後で、リゼルは私に笑いかける。
学校の先生か、はたまた講釈師か。
一方の私は与えられた情報を整理するのにいっぱいいっぱいになりながらも、どうにかうなずいた。

「祖というのは、遥か昔、最初にその地で王となった者。一族の祖先です」
「それがドラキュラなのね」
「そう…王祖ドラキュラ、と呼ばれてはいますがね。
 実のところ、彼の名前はよくわかっていないんですよ。それだけ昔の話だということです」
「でも普通、名前って残らない?」

家系図ってあったりするし。
長い歴史とはいえ、初代王サマの名前くらい、どっかしらに残すだろう。


「“竜”と呼ばれていたらしいな」
「ん?」
私の疑問に答えるかのようにエマがぽつりともらした。
「古の…蒼き竜、ですか」
「あぁ、昔聞いた伝説の」
懐かしいものでも思い出したように。
「あのね、カオリさん。ドラキュラの存在自体は僕らにとってとても有名なんですが、その多くは伝説上のものなんです。
 ほら、カオリさんも…うーん…邪馬台国の卑弥呼とか、存在は知っていても一個人としてはよくわからないでしょう?」

突然この場に不似合いな日本史用語が出てきて驚いたけど、そう言われてみれば確かに。
知らないし、イメージもしづらい。
なんといっても2000年近く前の人だから。

「ただ、彼が青い体をした竜であった、という伝説はあります。
 だから彼は“ドラキュラ”と呼ばれているんです」
「?」
「英語のdragonはラテン語のdrakulyaから来ているんですよ」

ドラクリアドラクリアドラクリア…ドラキュラ?


「…でも竜ってキリスト教で、死の象徴じゃなかったっけ?」
「よくご存知ですね」
記憶の片隅から引っ張り出してきた発言に、リゼルは目を見張り、その奥ではエマが吹き出した。
くそぅ。私のことバカだと思ってるな。


一見、吸血鬼と竜なんて無関係そうだけど。前に本で読んだことあるんだよね。
やっぱり吸血鬼ってキリスト教と対峙してる面があるから、そういう…なんていうかな、対抗するもの、みたいな意味なのかな、とか。
それとも、竜は財宝を守る番人的存在でありながら、最後には英雄や神に滅ぼされているから、キリスト教の側から見た蔑称を、伝説的な吸血鬼の王につけたんじゃないかな、なんて思ったりしたんだけど。



「確かに新約聖書では死と、あとは罪の象徴でもあります。
 カオリさんが言いたいことは最もらしい説なんですが」

たどたどしい私の言葉を聞いて、無駄な知識ばかり多いなお前は、なんて声が飛び出した。
失礼すぎるこの銀髪オニイサンは無視する方向で。


「ただ、ね。蒼の王家の誕生は、キリスト教の歴史の何倍も昔のことなんですよ」
「へ?」
えーっと…
イエス・キリストの生まれた日が西暦1年だから…今が21世紀で…その…何倍?

そんなのとこの人たちは対峙してるの…?


あ、れ。
なんか一瞬、めまいがしたぞ……(笑えない)








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