trasitional phrase 06




話が大きすぎるというか、なんというか。
痛むこめかみを押さえつつ、私はため息をついた。

「なんでそんなの相手どってんのよ!?」
「仕方ないだろう。向こうが挑んでくるんだから」
数千年(もしかするとそれ以上)の歴史をもつ敵に対しているというのに、エマの態度は格闘技か何かのデイフェンデイングチャンピオンのよう。

「ホント…あなた何者?」
「だから、フランス吸血鬼の王だと言っているだろう?…望んでいるかどうかは別として、な」


私はやっぱり、吸血鬼をなめていたのかもしれない。
次期王サマだという彼が、自分と同い年だったりしたものだから、認識が甘かったんだろうけど。
目の前の彼は人間ではなくて。
寿命は私の何倍もあって、種族の歴史は途方もない。

人類が地球上に生まれて何万年だとか、そんなの知らないけど、それでも文明やら、それこそ王家なんてものができたのなんて5000年前とかが限度でしょう。
少なくとも同じくらい、いやきっとそれより以前から、彼の種族はこの地球上に存在していたんだろう。
私なんかでは到底わかりっこないような、複雑な歴史の中を、この人の祖先は生きてきたんだ。



「蒼の王家がドラキュラの末裔だっていうのはわかったけど…なんでエマたちが狙われてるの?」
現代を生きる女子高生に理解できるのか、激しく不安だ。
特に…私程度だと…

「ひと言でいうなら、勢力争いだな」
ふん、とさもつまらなさそうにエマは言い捨てた。
「オレたちが広がりすぎたんだ」
「それに関しては違ったご意見の方がおられると思いますが」

主人の暴言(だったらしい)に苦い顔をしつつ、リゼルがお茶のおかわりを注ぐ。

「吸血鬼に勢力区分があることはお話したでしょう。
 でも実際は、人間国家のように明確なラインが引かれているわけではありません」


給仕さんよろしく、姿勢正しくテーブルの脇に立った少年は解説を始めた。
エマの言葉では端的すぎてよくわからないから、この方が助かる。



「人間のルールに縛られないため、吸血鬼はフットワークが軽いんです」
入国審査もビザも必要ない。
いたるところを自由に行き来し、子孫を増やす。

「自分がどこの一族の流れを汲んでいるかは親の血統しだいなので、
 どこかの派閥だけが増加すると、著しく勢力構成は変化します」

生まれる吸血鬼の数も人口も限度があるので、偏りが生じるとすぐには戻らないらしい。

「それじゃ、そのうちどこかの一族が世界統一みたいなのしちゃうんじゃないの?」
「いえ、そうでもないんです」


吸血鬼の寿命は長く、しかも血族(同じ流れを汲む派閥の呼称)から離れることはないし、各派閥の長たる一族が滅びない限りは、徐々に勢力比率は整い、それなりのバランスを保っていくのだという。

「それぞれ因縁の間柄の一族もあれば、何百年も同じ土地で共存する一族もあります。」
「…どこも似たような感じだね」
私たち人間が、この世界で繰り広げてる内容と変わらないじゃないか。

「その人口バランスの謎とか、解明されてないの?」
「さあ、僕にはよくわりません。
 僕が言うと皮肉みたいですが…神のみぞ知る、なんじゃないですか?」
くす、とイタズラっぽく笑うリゼルを、エマが嫌そうに睨む。





「んー…じゃあなんでエマたちは勢力争いしてるの?放っといてもバランスとれるんでしょ?」
「そのはずなんだがな」
見るからに面倒くさそうに彼はため息をついた。


「フランスを統べていたオレの一族が、いつからか増加し始めた。
 オレたちは魔力が強い方だったから、広がった先でもある程度の権力を持てたんだろうな」
他人事のような言い方だけど、エマたちは吸血鬼の中でも強い部類だってことだよね。

うわぁ。
今まで私、けっこういろんなことしちゃってるんですが。


「で、広がり続けて、結局ヨーロッパ随一の勢力になってしまった」
「…いや、さらっと言うけど…人口バランス崩れてるんじゃ…?」
「いや?血族の数はそれ程変わらない。ただ、フランス系の吸血鬼と関わり深い者がやたらに増えた」

「……えー…すごい言いづらいけど、それって…
 行った先々で子孫作っちゃったから、親戚・知人が増えまくっちゃったよ、あっはっは…な、状況ですか」

「……まぁ、な」


そもそも吸血鬼の子づくりって、人間のと変わんないんだろうか。
(だとしたら…)

言えない。
それってつまり、アンタの先祖がヤりまくった結果だろう、なんて
…口が裂けても、言いたくない。


「そういった形で増えた血縁者とはいえ、他の血族の生活を脅かしたというわけではありません。
 そもそも吸血鬼は自分の血族の統治に従うものですから」
私の微妙な心境を知ってか知らずか、リゼルは笑う。

「翡翠の王家の場合、勢力拡大、というよりは他血族との共生に近いと思いますよ」

他人の土地を奪ったとか、そういうことじゃなく、
隣近所にフランス系が増えたなぁー、程度の認識らしい。
もちろん、吸血鬼たちが血族を捨てて翡翠の王家に与したわけではないし、
何か争いが起こるようならいつでも敵同士になりえる。
そんな、微妙な距離感。


「じゃあさ、“周りから攻められない”って意味で翡翠の王家はヨーロッパの最大勢力でいるってこと?」
「そう、そんな感じです。うまくまとめましたね、カオリさん」

先生からお褒めいただいたよ、エマ。

満面の笑みを向けた私に、皮肉っぽく片眉を上げて応じると、彼は紅茶を飲み話を続けた。



「けれど、納得していない一族もいたんだ」
「それが…蒼の王家?」
「ああ」
無表情でうなずく。

「王祖ドラキュラの話もそうだが、とにかく奴らは歴史が古い。
 オレたちの血族が広がる前は、蒼の王家が幅をきかせていたらしくてな。
 翡翠の王家の拡大は許せなかった。共生なんてとんでもない話だったんだろうな」

「でも別に、蒼の王家の権力を奪っちゃったんじゃないんでしょ?」

仲良く共生していれば、少なくとも現状維持はできるのだから。
いわば“ヨーロッパ不戦同盟”の盟主みたいな一族にケンカを吹っかけてもメリットがあるとは思えない。


「吸血鬼…に限った話ではないですけれど。僕たち闇の種族は乱を好む性質なんです。
 どうも、“大人しくまとまる”というのができないようで」
「え?でも、今のところ翡翠の王家に反抗してるのは蒼の王家だけじゃないの?」
大人しくしている、という面では他の一族だって同じだ。

「そこは長の裁量でしょうね」
自分たちが下手にあらがうことが、一族の滅びに繋がるのなら、抑えることも必要で。
時世を見極めることも血族の長に求められる能力のひとつ。


「乱を好む、と言っても好き放題に暴れているわけではない。
 安寧よりも誇りや面子をとろうとする意思が、人間よりも強いらしい」
愚かな性質だとは思うが、な。

エマはそう言って哀しそうに笑った。
だから闇に生きる者たちは、歴史の表舞台に上がれないんだろう、と。

決してエマたちは舞台に立ちたいと望んではいないだろう。
要するに、人間の方が時代の流れとか利権とかを読んで、彼らよりもうまく立ち回っているだけだ。
そして、私たちは歴史が浅いながらもこうして日の下に暮らしていて。
それがいいか悪いかなんて、私にはわからないけれど。



「そういう性質は、歴史が深い一族程、強く持っているものです。
 新興勢力である翡翠の王家の拡大は、蒼の王家にとって誇りを汚されたように感じられたんでしょう」
「それで戦いに発展しちゃったの?」
「翡翠も関わろうとしなければよかったんだ」
「なまじ、我々の方が魔力は強いですからね…」

彼らの種族に組み込まれたDNAはやられっぱなし、という状況に耐えられなかったらしい。
最初は血族の末端同士の小競り合いだったのが、数百年の間に王族同士の争いになっているという。


「長同士の争いは、最終的にどちらかの血族の滅亡を意味しています」
「そん‥な…止められないの!?」
「もう…ここまでこじれては無理だろうな」


あぁ、でも、きっとこの人は。
そうやって続いてきたこの戦いを良しとはしていないんだろう。
この優しい吸血鬼は、安らかな日常を望んでいるんじゃないだろうか。


(私に、何ができるだろう)

脳裏に、昨夜のリゼルの姿が蘇った。

戦いを好んでいるようには見えない黒トカゲの少年も、あの一瞬、変貌した。
魔力を持った者が、戦いに臨む、凄惨なまでの笑みを浮かべたじゃないか。
闇に生きる種族、そう彼らは言った。
この人も、そんな風に変化するのだろうか。




「少しはオレたちの種族に危機感が湧いたか?」
「…うん」
さすがにもう、エマの言いつけを破ってカラオケに行こうなんてまねはできない。

「オレたちに関わってしまった以上、お前にも危険が及ぶだろう」
口をつけていたカップを置いて、翡翠の双眸が私を見据える。

やめて。
そんな申し訳なさそうに言わないで。


「なんとかこの辺りで、関係を絶…」

ボフッ

「絶たないわよ」
いきなり、でもある意味予想通りに不穏な言葉を紡ぐ唇を、クッションをぶつけることで食い止めた。



「…っ何するんだ!」
「そんなとこだろうと思ったのよ!」

この優しすぎる男は、私を危険から遠ざけようとするんだろう。
そうやって、私の意志なんてお構いなしで。


「嫌だからね!今さら距離おいたところで、私がエマたちと友達なのはバレてるんだから!」

たぶん逃げたって無駄なんだ。
それに、どうせ彼に迷惑をかけるなら。

「私、明日もここに来るから」
「お前な……」

「だって…!エマの傍にいれば危なくないんだし、問題ないでしょ?」
「いや、あるだろう。日中はともかく、日が沈んでからどうやって身を守るんだ」
「私の家には結界が張ってあるんだし、外出控えるし」
「学校が遅くなることだってあるだろう」
「う…それは…」

確かに部活が長引けば夜になっていることも。
ましてこの季節、日は恐ろしく短い。
学校帰りに直行でこの屋敷に来るのも、そう毎日とはいかないし。




「でしたら、エマニエル様が送って差し上げればいいのでは?」



うー、と悩んだ私に天の導き。
のほほんと投げかけられた少年の声に私は歓声を上げ、エマは深く深く息を吐き出した。


「リゼル……お前は他人事だと思って…」








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