trasitional phrase 10




ついこの間読んだマンガのヒロインみたいに、かっこいい演出を試みたまでは良かったけど、なんとも間の悪い感じでバランスを崩した私は、エマの肩の上で情けなさに打ちひしがれていた。
なんなの、このカッコ悪さ。最悪。


「さぁて、ナイト様がお見えになったようだよ」
私の落ち込みを知ってか知らずか、マチルダは飄々と言葉を投げかけてくる。
(さっきまで慌てふためいてたくせに…っ!)

「騎士、だと?ならば貴様は大人しく滅されるのか」
「相変わらず怖いことを真顔でおっしゃいますね、エマニエル様」
奴の言葉に顔をしかめた私を、エマは無言で床に下ろした。
さすがに放り投げられることはなかったけど、相変わらず不機嫌そうにひそめられた眉が見えて、泣きたくなった。
結局謝るタイミングも逃しちゃったし…。

「使い魔に敗れるような者を配下にしておくとはサファイアも堕ちたものだと思ったが、今度はお前か」
「あぁ、あれは少しばかり様子を見させていただいただけで。思ったよりも弱くて、俺も驚いたんですが」
「その物言いも変わらないようだな」
「お誉めにあずかり光栄です」
しばらく下がっていろ、と私に言い置いて、マチルダにゆっくりと近づいていく。
一触即発、といった空気の中、エマはいつもの数割増しでエラソーで。
もしかしたらこれが王の威厳というやつなのかもしれないけど。
私が知ってるエマなんて、せいぜいリゼルと話している姿くらいだから、こんな彼の態度は見慣れてなくて戸惑ってしまう。

「キルエラよ、さっさとカオリを解放してもらおうか」

「……キルエラ?」
ぽかん、と聞き返す私。

「この人、マチルダじゃないの?」
「…マチルダ?……お前その偽名を信じたのか」
「偽名!?」
「マチルダ、は普通女性名だろうが」
「…うっそ」
まぁ、うん。言われてみればそんな気もするけど。
いや。いやいやいやいや!
知りませんって!普通外国人の名前を疑ってかからないでしょうが。

「まずは偽名の理由を訊こうか?キルエラ」
「さすがに名前まで忘れられては姉が不憫でしたので」
「姉?…貴様、マチルダに命ぜられたのか?」
「いえ。日本にあなた様を追って参ったのは我が王家からの命。姉は関係ございません」
「ほう。ではカオリを襲った理由は?」
「俺の個人的な関心…ではご納得いただけないようですね」
「当然だ」
「…受けた命は、あなた様の弱みを探ること」
弱みなんて握ったところで我らサファイアが勝てるとは限らないんですがね、と肩をすくめた。
これはオフレコで、と言い添えてウインクするあたり、やっぱり軽い。

「ジェイドの方々が浮足だっていたのは、このためだったのですね」
「オレに王になる意思があると見受けた、ということか」
「どうでございましょう」
「まぁ、いい。貴様は国へ帰ってこの件を報告するのだろうな」
「それが命でございますから。…なれば?」
「ああ、帰すわけには行かない」


私はちっともかっこよく決まらなかったっていうのに、男性陣はやっぱりというかなんというか、戦闘体勢に入ってしまった。
こんな展開を望んでなんかいない。
エマが怪我するのなんか耐えられないし、マチルダ改めキルエラとも戦わなくてもこの場を収められるようにも思えたし。
いや別に、2人っきりで話してたから情にほだされたってわけじゃなく。
もちろんエマの尊大な態度を見てたらキルエラに同情した…んでも、ない。
「ちょ、ちょっと!やめてよ!」
「なんでー?一応キミに危害は加えないからさ」
「そういう問題じゃあなぁぁい!」
「しばらく黙っていろと言っただろう」
エマまで何を言い出すんだろう。普段はこんなにムキになるタイプじゃないのに。
私が割って入っても、2人の態度はまったく変わらない。
それどころかキルエラの手の中に、なにやら光が集まっている。
最初はぼんやりとしていた靄のようなものだったのが、徐々に輝きを増していく。
ぱちぱちと静電気のような音がして、それはやがて青白く放電を始めた。
なんていうか、ほら。SF映画で敵役がどかーんとぶつけてくるやつみたいな?

「わ!ちょっと!キルエラ!?何してんの」
「カオリ。本当に巻き込みかねないから、下がれ」
「や、そういうことじゃなくてですね!」
「んー、困ったなぁ。大した用意もしてないんですがね」
「キルエラ!あんたそれ投げる気!?」
絶対俺のが不利だよー、とかなんとか言いながら身構えたキルエラに対するかのように、エマの右手には長剣が握られていた。
「いつ出したの!そんなの!」
「心配するな、剣の腕ならオレの方が上だ」
違う。私が言ってるのはそういうことじゃない。

なんでついさっきまで普通にしてた2人が、かたやカメ○メ波、もう一方は剣士風になってるのかが問題なわけで。
いくらわたしがファンタジー好きでも、こんな展開望んでないんですよ。
橋本香織。
生まれてこの方、平和な日本を出たことがございませんが、なにか。


私の心配というか混乱をそれはもう気持ちいいくらいに無視して、キルエラは光の弾を放り投げた。
(うわわわわっ、ま じ で 死 ぬ …!!)
とりあえず2人から少しでも距離を置こうと対角線に逃げる。
目を閉じてしゃがみこむと、ほぼ同時に閃光と衝撃が走った。
そう広くもない屋上の隅、頭の上に砂埃が降りてくる。

ガンッ
嫌な音がして目を開けると、エマに追い込まれたキルエラが、フェンスに身体をぶつけていた。
どうやらエマはさっきの閃光弾を避けきったらしい。
ガツゥンッッ
背筋がびくりとするような金属音を立てて、エマの剣が柵にぶつかる。
辛くも身を翻したキルエラだけど、さっき本人が言ったとおりエマの方が優勢らしく、魔力をためる時間を与えてもらえないみたいだ。
「くそ…っ!」
それならとばかりに繰り出された右ストレートが、見事なまでにエマの顎に決まった。
そのまま倒れた隙に、キルエラはまた掌に光を集め始めた。
「エマ!」
やだちょっと、あんなのまともに喰らったら…!
コートのポケットをまさぐると、使いかけのリップクリームが見つかった。
「こんっの、馬鹿キルエラーーーっ」
かつーんと奴の額を打ちのめした深緑の薬用リップは、どうにか注意をそらすことには成功したみたい。
「部外者参戦禁止ー!」
「こ、この状況で部外者もなにもあるかぁーっ!」

「オレを無視して会話をするな」
ガツッと剣を床に突き刺して、エマが身体を起こした。
引き抜いたあとに痕がくっきり残ってる辺りが、剣の鋭さを物語っていて怖い。
さっきからこの2人のせいで、フェンスやら床やらが破損されまくりだ。
「無視なんて、そんな滅相もない」
からりと笑ったキルエラの手から、青白い光が放たれる。
(……ビルの管理の人…ほんと、ごめんなさい)
心でそっと手を合わせた私の目の前で、床のパネルが1枚、砕け散った。


ザンッ
エマの剣がキルエラの肩をないだ。
「…くっ」
「とどめだ、キルエラ」
キルエラの渾身の放弾がエマに向かう。
ゆらり、それをかわそうとして。
「オレに当たると思うか」
「避けて、よろしいのですか?」
奴が、私を見てニヤリと笑った。
「当たりますよ」
「…おのれ」
キルエラの手から光が放たれて、エマはひらりとその身を青白い輝きの中に踊らせた。

「…やっ、エマぁっ!」
たまらず叫んだ私のところにまで衝撃が伝わる。
閃光に目を伏せると、次の瞬間、視界の端に、喉を押さえ込まれたキルエラと、その上で不敵に笑うエマの姿。
「エマニエル様、ひとつお伝えすることがございます」
「この期に及んでなんだ」
「今日伝わってきた情報ですからまだ広まってはいないでしょうが、数日の後には我が血族は盛大な宴を催すでしょう」
「…なに?」
「ジェイドも知らぬふりはできないはず。…蒼の瞳の誕生です」
「……っ!」
ふ、とキルエラの身体が薄くぼやけていく。
ほんの一瞬前までエマに動きを制されていたというのに、ゆらゆらとその姿が蜃気楼のように揺れる。
「事実か」
「俺は一度だってあなた様に嘘を申し上げたことはございませんよ」
その言葉を残して、キルエラは姿を消した。


「…逃がしたか」
ぽつりと漏らしたエマは、小さくひとつ舌打ちをして、けれど奴を追おうとはしなかった。
「え!?エマ!」
やばいんじゃないの、と駆け寄った私を、エマの手が引き寄せた。
「すまない、カオリ。危険な目に合わせた」
耳元でエマが謝ってくれてるけど、そんなことはどうでもいい。
エマの手が、こ、腰に!
てか目の前に胸板があるんですけどっ!
「ああああのっ!エマ!」
「ん?」
「え、えと、ほら!サファイアは!?」
「あぁ…しばらくはもう追手は来ないだろう」
「ぅ…え?えと、なんで?」
「来ないから、だ」


「いいからお前は少し黙っていろ」
なにそれ、とエマの言葉に笑って。
彼がこんな無茶苦茶なごまかし方をするなんて、どんなに珍しいことか気にもとめずに。
「何があっても…今度こそ、お前はオレが守るから」
確かめるように強められた腕と、普段では絶対聞けない甘いセリフ。
なにより抱きしめられたっていう事実が、私には重要すぎて。

その背に腕を回すよりもっと前に、確かめなきゃいけないことがあったのに。
腕の感触とか、温度とか。
まるで夢でも見ているみたいで。

そう、覚えておきたかった事柄は、全部、ぜんぶ。








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